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燻るような煙が、延々と空に登っている。その煙はやがて降り始めた雨にのまれ、消えていく。
響き渡るのは怒号と、叫び声だけ。
「う、ふぇぇっ・・・・」
「しっ!静かにしていい子だから」
小さな赤ん坊と母親は物陰に隠れ、じっと息を潜める。泣き出す赤ん坊をあやすように体を揺らす。よかった、雨が降っていなかったら聞こえていた、と母親は赤ん坊の顔を撫でる。突然聞こえる、バシャバシャと雨に濡れた地面を踏み鳴らす音。すぐ近くまで騎士が迫っていることはわかっていた。
寒さに震える子供を抱き込み、母親は持っていた護身用の短剣を握り締める。
今や住んでいた村は火を放たれ、轟轟と燃え盛るような炎を纏っていた。その光景に、母親は絶望を感じた。
皆、殺されていく。
炎に焼かれ、剣で体を貫かれ、地に伏していく。
血は雨と混じり、流れていく。まさにここは地獄だった。
(ばあさま、ばあさまはどこへ・・・・?)
母親は辺りを見渡すが姿は見えない。
阿鼻叫喚の最中、探しに行けば騎士に殺される。けれど、頼れるのはもうばあさましか・・・・
隠れた樽の物陰に、ひっそりと隠れるその二人に近付く一人の騎士。
母親はすぐさま気配を感じとってしゃがみ、息を潜める。心臓の音が、体中を反響して聞こえる。どうか、どうかばれないで・・・・・
「おい!残った村人は全員広場に集めた。あの人が言っていたギネヴィアって婆さんもいたぞ」
「ははっ、じゃあもう終いだな祭りは」
騎士の仲間がそう声をかけ、それに反応した騎士は去っていく。母親は力が抜け、ぬかるんだ地面に座り込んだ。
けれど、それは安堵感からくるものではなかった。
(ばあさま、ギネヴィアばあさまが・・・・・)
他の村人は広場にいる。そこに、ギネヴィアばあさまも。母親は震える膝に力を入れて立ち上がる。
「ごめんね、エリス、あなたを連れて行けないわ」
母親は自分にかけていたネックレスを赤ん坊の体にかけた。一瞬きょとんとした顔をしていたが、直ぐに赤ん坊は笑って足をパタパタ動かした。そして、近くにあった樽の中にいれ、蓋をする。
「絶対に戻ってくるわ。そしたらまた、誕生日をお祝いしようね」
祝うことのできなかった、誕生日。それも、できるかどうかわからない。
母親は探検を握り締め、雨の中、広場に向かって走り出した。
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