序章

2/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
燻るような煙が、延々と空に登っている。その煙はやがて降り始めた雨にのまれ、消えていく。 響き渡るのは怒号と、叫び声だけ。 「う、ふぇぇっ・・・・」 「しっ!静かにしていい子だから」 小さな赤ん坊と母親は物陰に隠れ、じっと息を潜める。泣き出す赤ん坊をあやすように体を揺らす。よかった、雨が降っていなかったら聞こえていた、と母親は赤ん坊の顔を撫でる。突然聞こえる、バシャバシャと雨に濡れた地面を踏み鳴らす音。すぐ近くまで騎士が迫っていることはわかっていた。 寒さに震える子供を抱き込み、母親は持っていた護身用の短剣を握り締める。 今や住んでいた村は火を放たれ、轟轟と燃え盛るような炎を纏っていた。その光景に、母親は絶望を感じた。 皆、殺されていく。 炎に焼かれ、剣で体を貫かれ、地に伏していく。 血は雨と混じり、流れていく。まさにここは地獄だった。 (ばあさま、ばあさまはどこへ・・・・?) 母親は辺りを見渡すが姿は見えない。 阿鼻叫喚の最中、探しに行けば騎士に殺される。けれど、頼れるのはもうばあさましか・・・・ 隠れた樽の物陰に、ひっそりと隠れるその二人に近付く一人の騎士。 母親はすぐさま気配を感じとってしゃがみ、息を潜める。心臓の音が、体中を反響して聞こえる。どうか、どうかばれないで・・・・・ 「おい!残った村人は全員広場に集めた。あの人が言っていたギネヴィアって婆さんもいたぞ」 「ははっ、じゃあもう終いだな祭りは」 騎士の仲間がそう声をかけ、それに反応した騎士は去っていく。母親は力が抜け、ぬかるんだ地面に座り込んだ。 けれど、それは安堵感からくるものではなかった。 (ばあさま、ギネヴィアばあさまが・・・・・) 他の村人は広場にいる。そこに、ギネヴィアばあさまも。母親は震える膝に力を入れて立ち上がる。 「ごめんね、エリス、あなたを連れて行けないわ」 母親は自分にかけていたネックレスを赤ん坊の体にかけた。一瞬きょとんとした顔をしていたが、直ぐに赤ん坊は笑って足をパタパタ動かした。そして、近くにあった樽の中にいれ、蓋をする。 「絶対に戻ってくるわ。そしたらまた、誕生日をお祝いしようね」 祝うことのできなかった、誕生日。それも、できるかどうかわからない。 母親は探検を握り締め、雨の中、広場に向かって走り出した。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!