第1章 女の子のズボンの、前のふくらみ

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「でも、僕は、最後まで、臼杵さんと一緒にやりたい。日本の出版文化に、貢献したいんです」  直緒は、幼い頃から、本が好きだった。  今、本の為なら、我が身を犠牲にしても、惜しくなかった。  臼杵は目を丸くした。 「本谷君。それは嬉しい。嬉しいのだが……」 「僕を拾ってくれたのは、臼杵さんだ。僕は、この会社に、返しきれない恩があります!」  新卒で、直緒は、就職に失敗した。出版社ばかりを100社近く受け、玉砕した。  その直緒を受け容れてくれたのが、臼杵デザイン事務所だった。編集経験どころか、社会人経験さえなかったにも関わらず。  もっとも、指導や研修などは、一切なかった。  ……「仕事は先輩から盗め」  それが、直緒が会社に入って、一番始めに教えられたことだ。  もちろん、初日から、深夜残業をさせられた。  だが、直緒は苦ではなかった。  愛する本の世界で働けることが、誇らしかった。 「僕は、本の世界を離れたくない」 「俺だって、君を手放したくないよ。君は、俺が鍛え上げた部下だからな」 「……」  臼杵から教わったことで、一番役に立ったのは、客先(出版社)から催促の電話がかかってきたら、とりあえず、「今、出ました」と言うことだ。  それで、時間を稼ぐ。
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