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「ああ、あった! わたしの好きな絵はね、この……」
ライオンが、後ろから仔ネコを抑え込んでいる絵だった。大きく開けたライオンの口が、今にも、振り返った仔ネコの喉を咬み破りそうだ。
自然界にあっては、仔ネコがライオンに食われる寸前の図なのだが、優しい絵柄のせいで、両者、じゃれあっているようにしか見えない。
というか、ライオンもネコも笑っている。
「大きなライオンが、小さな仔ネコに、後ろからむぎゅっとのしかかる様子が、すごくいいでしょ? 仔ネコの甘えた、でもちょっと迷惑そうな表情がまた、カワイイわ!」
「はあ」
「肉食と草食の組み合わせが、すごく萌えるの!」
「……ライオンもネコも肉食ですが」
「あら、そう?」
「編集長、常識です」
「吉田先生は、明らかBL的な素質を隠し持っているわよね」
「そうでしょうか……」
「先生、どこかしら。あ、きっと控室ね。あたし、ちょっとご挨拶してくるわ。直緒さんは絵を観てていいわよ」
そう言うと、典子はそわそわと、廊下の角を曲がり、姿を消した。
今までに何度か、このビルへ足を運んでいるのだろう。
……うーん。
直緒は、しげしげと目の前の絵を見つめた。
このファンシーな絵と、仕事で読んでいるいろいろなシーンが、どうしても結びつかない。
絵の下に書かれたタイトルを目を移した。
「抱擁力」
……え? ほうようりょく?
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