202人が本棚に入れています
本棚に追加
その時、受付の前で、人の声がした。
そういえば、その少し前にエレベーターのドアが開いたのだが、新しいお客でも入ったのだろうか。
ばたばたと慌ただしい靴音が近づいてきた。アートを鑑賞する態度じゃないなと眉を顰めていると、肩をぎゅっと掴まれた。
驚いて振り返ると、こめかみに青筋を立てた男が立っていた。
「あんた! モーリス出版だな! ぬけぬけと芳名帳に記帳しやがって」
「ちょっと。なんだよ、いきなり。失礼だろ」
直緒は、肩をがっちり掴んだ手を振り外した。
男は舌打ちした。
「失礼はどっちだ。こんなところでちょろちょろするな」
「はあ? ただ絵を鑑賞していただけじゃないか」
「ここにはお前のような者が鑑賞する絵は、一枚もないわ!」
足を踏み鳴らし、威嚇してきた。
「モーリス出版の出番はない。帰れ!」
強い命令口調で言われて、直緒はむっとした。
一方的に攻撃されて、黙っていることはできない。
「そもそもあんたは誰だ。何の権限で、そんなことを言う」
「いいだろう。俺は、桂城圭(かつらぎ けい)。しあわせ書房編集者だ。吉田先生は、しあわせ書房のもんだ」
……しあわせ書房?
それは、絵本や児童書専門の出版社だ。
吉田ヒロムという画家の、この、柔らかく優しい絵柄……。
なんだかひどく納得してしまった直緒だった。
最初のコメントを投稿しよう!