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典子が立ち止まった。
いやにそわそわしている。
「あのね、直緒さん。わたし、これからちょっと行くところがあるの。先に会社に帰っててくれない?」
「え? いいですけど」
トイレか?
直緒は思った。
トイレくらい待っててあげてもいいけど。女子というものは、どうも気にしすぎる。
もしかしたら、駅のトイレではなく、商業施設のきれいなトイレを探しているのかもしれない。
女性の尊厳を尊重して、直緒は頷いた。
「これだから直緒さんって好きよ!」
典子は躍り上がって喜び、直緒の両手を握りしめた。
「あ。急ぎの仕事がなかったら、直帰してもかまわないわよ。だって、こんなにいいお天気なんですもの」
そう言い残すと、ピンクの裾を翻して、楽しそうにくるりと一回転した。
そして、地下鉄の階段の下へ、消えて行った。
……手、握られちゃった。
どうしよう。
自分には恋人が。
いやいや、あれは、単なる握手。
あれ。ちょっと違うか?
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