1.内出血

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1.内出血

中学に入れば、自然と大人びるものだと思っていた。 「今日俺んちでゲームしない?」 もっと生を実感できると思っていた。 「宿題忘れんなよー。」 将来が見えると思っていた。 「進路調査…白紙で提出ってどういうことだ?」 くだらない言葉は聞き飽きた。 まだ僕が父みたいな刑事を目指してるとでも思ったか? 気付いたんだ。全部無意味だって。 今の僕を取り巻く灰色の景色は、もう書かなくなった授業のノートほど白くはない。 ふと閑散とした放課後の教室を見渡す。 なんだって皆部活や塾に急ぐんだ? 僕をとり残したつもりか? 生憎だが僕はもうそちらには行かない。 その先に何もないと知ってしまったからだ。 別に寂しくなんか… その時、教室の隅でページをめくる音がした。 反射的に顔をあげると、そこに座っていたのは一人の女子。 こいつはたしか…築場知果(ちくばともか)とかいったか。 話したことはないが、小柄な体型とその長髪から察するに内気で地味なやつだろう。 ノートに何やら楽しそうに書きたくっている。 ペンを置いて、一人で満足げに…ニコリ。 こちらに気づくや否や、慌ててノートを隠して恥ずかしそうにする。 …こういう純真無垢で闇のかけらも知らないタイプには、 強烈なトラウマを植え付けてみたくなる。 こいつにも教えてやろう。それも無意味なんだよ。 僕は護身用という名目で持ってきた、カッターナイフを取り出した。 チキチキとわざと音を立てて刃を伸ばす。 切りつけるのは気がひけるからと、自分の左手首に刃をあてた。 ジワリと垂れる血液。 やっぱり、自分の血を見ると生きてるって感じがして…ゾクゾクする。 息子がカッターを持ち歩いてるなんて、父さんが知ったらどんな顔するだろうか。 さて…他人のリストカットなんざ、とても見れたものではないだろう。この子は叫んだりもできないで、怯えるタイプか…まあ、いきなり目の前でこんなものを見せられたら無理も… チュッ。 突然、僕は慣れない感覚に襲われた。 全く予想もしていなかった築場の一瞬の動き。 左手首に…キス。 目を閉じたまま子犬のように舐めて…ゆっくり体を戻す。 柔らかい舌ざわりが、左手を震わせた。 「ケガ…治った…?」 改めて、無垢な笑顔。 火照りだした全身に汗が止まらない。 僕の方が赤面させられるなんて… 不意打ちは…ズルいだろ…
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