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その謎の箱のことはさておき、東は明日で高校を卒業し、家業を継承すべく調理師専門学校への入学も決まっている。
だが、そんな順風満帆な人生を歩んでいるはずの東の心は、すっかり座礁していた。
自分の背後で、細かい拭き掃除をしているはずだったバイト仲間兼クラスメイト、羽川 かすみが憐れむような顔で東のパソコン画面を覗き込んできた。
画面に顔がくっつくのではないかくらい乗り出してくるので、東はいつも戸惑ってしまう。
「……私よりセンス無いね」
同情めいた優しい声で罵られた。
「行き詰まったんなら拭き掃除の点検お願い」
「目立つ汚れが落ちてたら十分だって」
かすみがバイトとして働き始めて、もう一年が過ぎた。東がかすみに対して、何とも御し難い感情を抱かせるには、十分な時間だった。
しかし、そのかすみも、四月が迫る今、もうすぐバイト仲間ではなくなる。
かすみの就職活動は、高卒だからか難航を極めているらしい。日本全国どこもでいいから、寮付きの会社を探しているといっていた。
あまり面接に行くと言ってバイトを休んだ事もないので、書類選考で落とされているんだろう。
かすみも随分と落ち着いているので、もう既に決まっているような雰囲気なのだが、どこのどんな企業に決まったか、東は知らない。それとなく訪ねても、かすみはいつも煙に巻いてしまうからだ。
「卒業式かぁ」
その言葉は、毎回東の心に暗い影を落とす。なんてオーバーな表現だが。
ただの忙しい日。それに尽きるからだ。
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