第1章 英雄に憧れる少女

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240年前、勇者が魔王を倒した。謎なのは倒した直後、行方をくらませたことである。 魔族は酷く残虐で海を渡り、エルフを片っ端から惨殺したと歴史の書物に書かれている。魔王のいなくなった世界は波のない海のようなものだった。ヤケに不自然なのだ。 「平和な世の中になったものね」 朝食の席で母さんが困った顔で物憂げに囁く。 気が滅入りそうだった。 いつもそうだ。母さんは競争心の欠片も無い。ラウルは13歳のアタシより4つ歳上の上、親に恵まれている点は認めざるを得ない。才能の遺伝子は時として残酷だ。 アタシはステーキをフォークで突き立ててそのまま口元に持って行く。ステーキの肉汁を滴らせたまま思う存分噛みちぎる。 「母さんはさ…英雄に憧れない訳?」 多少、呂律が回っていなかったが、アタシの瞳に揺らぎはなかった。 母さんが口元に手を当ててクスクス笑う。 「なあに?また勇者の話?あれはね、伝説なのよ。リースったら変に執着するんだから。子供の内はそれでいいのよ」 手にステーキのタレが付く。 フューが軽くアタシの手に触れ、清潔を保つ。 「大人になるって臆病になるってことなの?」 アカウミガメのスープに移る。
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