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「もっと愛嬌をお出し。あんたはその表情で損をするよ」
「いいもん、別に」
裕はそう言い返すのが常だった。
「あいきょうなんていらないもん」
「おやおや、もったいない、もてなくてもいいのかい? いつまでたっても彼氏ができないよ」
「いいもん、できなくたって」
「おやまあ、さびしいこと言わないどくれよ」
お隣さんは笑う。
「あんたの花嫁姿を見るのが楽しみで生きてるんだからねえ」
そう言われると、子供心に少しだけ罪悪感を持つ。でも。
「もてるとか、そーいうの、どうでもいい」
子供の裕は、そっぽ向いて、菓子盆に盛られたせんべいを鷲づかみにしてぱくついた。
幼心に思った。お隣さんが言うこともわかるんだよ、と。
でもね、おばーちゃん。
面倒だもん。
今だってさ、ほら。
通りすがりの人全てが自分を見ているなんてうそぶくつもりはない。しかし、振り返って足を止める人と目が合うことが続くと、またかと思う。
そーいう目で人のこと見ないでくれない?
鬱陶しいと思うくらいには迷惑なのよね。
中学や高校でうんざりしてるのに。ここでもなの?
やれやれ。
内心の思いを冷たい表情に隠す。
入学式で隣り合わせになった女子学生と目が合った。彼女には愛想良く、「また明日ね」と手を振った。
同じように振り返す彼女を見て、こうも思う。
たとえ、電話番号を交換しても、「でも、ごはん、食べよ、遊ぼう!」と約束しても、二度と会わない関係って存在すると。
わかってる。私の周りはそんな人ばかり。
裕の反対側の席に座っていたのは男子だった。あ、と気付いた時には遅かった。目が合ってしまった。
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