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「入りまーす」
叔父・慎一郎の研究室は高い天井の端まで伸びた書架にぐるりと周りを取り巻かれている。
天から地までの本。
大きめの机の上にも本。
そしてパソコンがでんとおかれている。
本と紙と機械に取り巻かれた一室はとても狭い。
元々さほど広くないんだろうけど、年々狭くなってきてるよね、と裕は思う。
そこに立つのは、頭二つ分も飛び抜けて背が高い、中年の男だ。
「裕か」
「うん、そう、私」
小首を傾げ、裕は相手を見た。
彼の名は、尾上慎一郎(おがみ しんいちろう)という。
父の弟で、裕の叔父で、白鳳大学、つまり裕が入学する大学の教員だ。
式典に相応しいダークスーツに身を包んではいるが、背の高さ以上に異質なのは、その髪型だ。
晴れの式典にはまったく見合っていない、背中の中頃まで伸びた髪は、ワンレングスが流行った頃ならまだしも、今時では珍しい。その伸ばした髪をひとつに束ね、すらりと流している。
もっとも、ワンレングスは女性だけの流行り。男にもそうだったかはわからない。
入学式の会場でも見かけたから、今日の装いは知っていた。しかし、間近で見ると印象はがらりと変わる。
いつもは白衣姿でだらっとしているのに。法事以外でスーツにネクタイをきっかり締めてる姿なんて初めて見たなあ。
悪くないんじゃない?
いや……かっこよくない?
姪に品定めされているのを知ってか知らずか、慎一郎は彼女に席を勧めた。
「あ、飲み物はいらないよ」
びしっと裕は言う。
「叔父さんが出すコーヒーは、めちゃ濃ゆいんだもん、いらない」
「そりゃどうも」
彼は苦笑した。
「今日から君は学生。客人扱いはもうできない」
「あ、そう」
「だから、コーヒーも出さない。安心したまえ」
「安心したよ」
裕は肩をすくめて返し、改めて机を挟んだ前に座る叔父を見る。
スーツ着てると、悪くないんだけどな。
もうすぐ四十の声をきく叔父、尾上慎一郎は助教授で、裕の父・政とあまり……いや、全く折り合いが良くない。
裕は、子供の頃から、二人の間の微妙な空気感が好きではなかった。
何故なんだろう。
子供の頃は不思議だった。
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