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青郁は一人部屋の中央で坐していた。
「同室になるのはどんな子なのだろう?」
今日からここ大妃殿で働くことになった彼女は、自分に割り当てられた部屋で待機していた。王が暮らす大殿を始めとして、王妃の住む内殿、世子宮等々、王の家族はそれぞれの居所があり、そこには多くの人々が働いていた。彼等は官奴婢である。しかし、青郁は官奴婢ではない。なのに、大妃殿で働くようになったのには次のような経緯があった。
青郁こと碧香は、徐大監と徐家の婢の間に生まれた娘である。両親のうち一方が奴婢である場合は、その子供は奴婢の身分になる。それゆえ、青郁は徐家で下働きをしなくてはならない身の上なのだが、この十五年間彼女は士大夫家のお嬢さま生活をしてきた。
青郁の母親は、妻を亡くした徐大監の身の回りの世話から徐家の家政全般を仕切っていた。有能で性格のよい青郁の母親を大監は愛し、いつの間にか妻のような存在なったが婢の身分ゆえ、正規の婚姻関係は結べなかった。そして、二人の間に生まれた子供たちも身分は母親のそれになるため、奴婢であった。だが、大監は青郁と同母弟を慈しみ士人の子供たちと同じように扱った。娘には碧香という美しい真名と青郁という呼び名を、息子には碧雲という真名と青烟という字(あざな)をつけ、それぞれに教育を施した。青郁姉弟は賢く、教えられたことは全て身に着けた。
子供たちが一〇歳を過ぎた頃から、大監は二人の将来についてあれこれ思案した。奴婢として雑役をしながら人生を送らせることは絶対したくなかったのである。
息子については、良民の身分にして武官にすることにした。武官には、非士人層であっても試験に合格さえすればなれるからである。
娘・青郁は……。そこらの士人層の男の子に比べても引けを取らない教養があり、家事や手仕事も母親から習って完璧である。名門家に嫁がせても見劣りしないだろうが、やはり身分の壁がある。良民になったところで、せいぜい士人の側室か中人階層の妻といったところだろうか。それでも元婢の身分が禍して辛い思いをするかも知れない……。
思いを巡らすうちに、遂に良い方法が見つかった。彼女を宮女すなわち宮廷女官にすることであった。一口に女官といっても、食事や縫製をする部署から主人の側に侍する秘書的な仕事をする部署の仕事まで様々である。大監は娘を秘書的な仕事をする部署に勤めさせることにした。ちょうど大妃殿でそうした仕事を担当する女官を探していたところだったので、大監は青郁をそこに送ったのだった。
いったん宮女になると、主人が亡くなるまで殿外に出ることは出来ない。また結婚も不可能である。両親が生きている間に二度と自宅に帰れないかも知れないが、他所に嫁いでも似たような状況だった。だが、女官の仕事は実力がものをいう面もある。賢い青郁なら、実績を積んで出世も出来るかも知れない。そして、何より身分で苦労することはない。
こうして母親も青郁本人も納得し、大妃殿へ来たのだった。
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