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「失礼します」
幼くたどたどしい声と共に部屋の扉が開いた。青郁が声のする方に顔を向けると自分と同世代と思われる少女が入って来た。彼女は青郁の前に平伏した。
「申子玉と申します。今日からこの部屋で共に暮らし、ご主人様のお世話をいたします」
挨拶された青郁は、子玉の近くに身を寄せ身体を起こさせた。
「ご主人様なんて呼ばないで。私は青郁、徐青郁というの。仲よくしてね。」
事前に聞いていた話によると、居所は二人一部屋ということで共に宮廷女官のはずであるが……。
「私は宮女ではなく、端女なのです。ご主人様のお身の周りのことのほか、雑用をします」
これまで、同じ年頃の少女と接する機会がなかった彼女は、傍らで畏まって話す子玉に何となく愛おしさを感じた。
――私も端女みたいなものだし。
自らの身分を考えての親近感かも知れない。
部屋の扉に手を掛けた子玉の胸は高鳴っていた。
――主人となる人と上手くやっていけるのだろうか……。
彼女の仕事は宮女が仕事に専念出来るよう、身の回りの世話をしたり、また殿内の雑用をすることだそうである。それゆえ、主人となる宮女の側に勤務時間以外は常に控えていなくてはならないのである。
一呼吸した後、子玉は扉を開けた。そして、中にいた少女に向かって平伏した。
少女は佳い香りをまといながら子玉のもとにやってきて身体を起こさせてくれた。その姿を目にした彼女は、言葉が出てこなかった。村を出てから、子玉は何人もの綺麗な女性たちに出会った。酒幕の女将、都を行き交う端女と思われる娘たちと大妃殿の宮女たち……。こうした女性たちも目の前の少女に比べたらかすんでしまいそうである。
自分のような田舎者が、こんな〝女神さま〟ような人の側に、これからずっといられると思うと、子玉は嬉しくてたまらなかった。
そんな子玉の前に青郁は盆を置き、寄り添うように座った。盆には、菓子と果物そして茶碗が二つと急須が並んでいた。どれも子玉が見たことも無いものだった。
「お腹すいたでしょう。これから、焼厨房に行くのも面倒だし、これを食べましょう」
そう言われても子玉の身体は動かなかった。
「これが美味しいのよ」
青郁が菓子を一つ手に取ると子玉の手にのせた。
「食べてみて」
青郁が促すので子玉は口に入れてみた。柔らかくて甘い味~彼女がこれまで味わったことのないものだった。
「…おいしい」
子玉が思わず呟くと、青郁は満面の笑顔で
「そうでしょ!」
と応えた。そして、子玉は、青郁が勧めるままに盆の上の菓子や果物を食べていった。
その様子を嬉しそうに見ながら、青郁も一緒に食べた。
〝食事〟が終ると、二人はそれぞれの身の上を語り合った。
夜が更け、就寝の時間になると、子玉は青郁の言うままに布団をくっつけて敷いた。
「これからは、こうやって寝ましょう」
青郁の提案を子玉は断る理はなかった。
「実家にいた時は、物心付いた時から、ずっと一人で寝ていたの。今まではそれでよかったのだけど、今日、ここに来て、夜一人になると思うと心細くなって…」
青郁がこう言うと子玉は
「私は家族一緒に寝ていました。だから一人になるのは不安だったのです」
と応えた。
二人はその夜、手を繋いだまま休んだ。
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