43人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
「……うしっ、飲み行くぞ、寅吉!」
あたしは寅吉の肩に腕を回し、大声で宣言した。
寅吉が目を丸くする。
「えぇっ、これから? こんな昼間に?」
「休みに昼から飲んで何が悪い!!」
「あやめさんって変わってるね……」
「あんたにだけは言われたくないわ!!」
あたしは寅吉に二度目の蹴りを入れ、あははと笑いながら、駆け出した。
走りながら、空を見上げる。
見たこともないくらい青く澄んだ空。
見たこともないくらい目映い光。
見たこともないくらい色鮮やかな街の景色。
たった数時間前とはまったくちがう世界にいるような気がした。
今朝までは、あんなにも味気なくてつまらない場所に思えていたのに。
面倒くさい、気乗りがしない、と暗く鬱々とした気持ちでいたのに。
こんなにも世界は変わった。
それは、きっと。
あたしは振り向き、太陽の下を柔道着で駆け抜ける寅吉を見た。
このひとといれば、あたしはきっと一生、退屈することはないんだろうな。
それは、確かな予感だった。
【完】
最初のコメントを投稿しよう!