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あたしは反射的にそちらに目を向けた。
高級そうな仕立てのスーツ(きっとイタリア製)を着込んだ、いかにも「会社役員です」って感じのロマンスグレーな髪の紳士たちが、目を瞠るようにして入り口を凝視している。
興味をそそられ、あたしは少し身を乗り出して、皆の注目の的を確かめようとした。
すると、目を凝らすまでもなく、みんなが何に対してざわめいているのか、すぐに分かった。
「………は? 柔道着?」と思わず声が洩れる。
そう。
真っ白な柔道着を着た猫背の男が、このラグジュアリーな空間に、のっそりと入ってきたのだ。
シュールすぎる……。
しかも、背中までありそうなぼっさぼさの長髪を、後ろ頭でゆるいおだんごにしている。
なに、あいつ。
間違って高級ホテルに迷い込んできたとしか思えないけど。
唖然としたように口をぽかんと開いて、みんなが柔道着男の動向を見守っている。
男は、注目を集めていることに気づいているのかいないのか、ゆっくりとした足取りで、ブランドスーツの海の中を、柔道着で泳いでくる。
その姿をしばらく目で追っていた私は、彼の足の向かう先を確認して、嫌な予感に襲われた。
え? ん?
ちょっと、ちょっと待って。
柔道着男……こっちに歩いて来てない!?
うそっ、まさか!?
もしかして!?
「…………あのー、あなたが藤沢さんですか?」
嫌な予感というものは、だいたい当たるものなわけで。
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