太歳の宴

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ひとしきり血を吐き散らかすと、膳夫の身体は床に崩れ落ちた。 血だまりの上を這いずり、全身を赫く染めながら、鼎に……太歳に向かって手を伸ばす。 「太歳、を……」 力を失った手が、床にぱたりと落ちる。 カッと見開いた双眸は瞳孔が開き切り、青ざめた顔はもはや息をしていなかった。 こと切れた膳夫を嘲笑うような低い笑い声が、衆人の合間を縫うようにくつくつと響き渡る。 人々の視線が一斉に、徐福の使いに集まった。 「方士よ。これは一体、如何なることか!?」 凄惨な死に様を目の当たりに、皇帝がわななくように詰問する。 青衣の方士は顔色一つ変えず、衛士に両脇を固められているにも関わらず平然とした佇まいを崩さない。 「おや、ご存知なかったのですか。ご承知の上かと思っておりましたが」 傍から見て不気味なほど落ち着き払って、口を開いた。よく透る低い声が、静まり返った宴の間にこだまする。 「太歳は不老不死の命を得るに相応しくない人間が口にすると、たちどころに猛毒となり、その者に死をもたらすのです」 膳丞殿のように――――そう平然と言ってのける。 「そもそも不老不死とは神仙の特権。それを只人(ただびと)が享受しようと目論むのは、簒奪にも等しい傲慢でありましょう」 誰もが息を詰めて、方士の言葉に耳を傾ける。 衛士に捕らわれた方士と高処に坐す皇帝。身分には天地ほどの差があるにも関わらず、皇帝が方士に気圧されているのは傍目にも明らかだった。 「しかし、陛下には何の不都合もありますまい」 「……なに?」 李斯は固唾を飲んで、皇帝と方士の対話のゆくえを窺った。 「太歳が毒となるのは、神位や仙籍を与えうるに相応しくない凡夫のみ。天より選ばれし者には、等しく不老不死を授けるのですから」 まだら髪からのぞく琥珀色の瞳が、まるで闇に立つ獸のように爛々と輝いている。
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