太歳の宴

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沈黙を破って、観衆がどよめく。宰相に賛同する声がちらほらと上がった。 「李斯殿の仰る通りです、陛下!」 「こやつは徐福の使いを騙った間者やもしれませぬ!!」 けれども、その声は決して多くなかった。 ほとんどの者が固唾を飲んで、皇帝の選択をじっと監視するように、事の成り行きを見守っている。 陛下はあまりに、忠臣を退け過ぎたのやもしれぬ――――李斯は拳を握った。 「貴殿ら、不敬であるぞ!」 真横から上がった甲高い声に、李斯は振り向く。 それは皇帝の末子・胡亥の傅役(後見人)にして、近年宮中で勢力を伸ばしつつある若き宦官・趙高だった。 つかつかと御前に歩み出ると、膳夫の骸を一瞥する。 「陛下は神に等しい御方。こんな愚か者とは格が違う」 「何を言う。このような……」 「――――もうよい。皆、黙れ」 重臣らの諍いを、豺が吼えるような声が遮った。 「太歳を持って参れ」 「しかし、陛下」 「下がれ李斯!」 一喝にひるんだ李斯を、猜疑に満ちたとび色の瞳がねめつける。 「異論は赦さぬ。朕はこの中原に唯一の“皇帝”。皇帝とは神と同義の存在、神に死などあるはずがない――――違うか?」 有無を言わせぬ命に、李斯は絶望に打ち震えながら場を辞した。 内癢(※調理の責任者)が膳夫に代わって、おそるおそる椀を用意した。 「ささ、陛下。改めて、太歳を献上致しまする」 そして宰相に代わり、趙高の手で皇帝の元に太歳が運ばれる。 今や大牢(※ご馳走)もぬるく冷め始め、宴の空気は白けつつあった。
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