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「ねえ、アザミ君は私のどういうところが好きなの?」
私と彼が暮らすマンション。明かりが落とされたその中の一室。ふたりの挟んだテーブルの上で、蝋燭の火が暗い部屋をゆらゆらと揺らしている。
「そうだな……」
彼は私の質問に答えようと暫し考え込むような振りをしてから、やがて端から決まっていたであろうその返答をよこした。
「母親が死んでるところ、かな」
「なにそれ……、いいの? そんなこと言っちゃって」
あまりの臆面の無さに耐えきれず私が笑うと、彼は蝋燭に照らされたその顔面に悠然とした笑みを浮かべる。まるで私がそれを気にするはずがないと決めてかかったような、そんな笑みだ。
「だって……、考えてもみろよ」髪をかき上げながら彼は理由を話しだす。
「これからおまえと結婚するとなると、俺はおまえの両親に会わなければならない。俺が結婚するのはおまえとなのに、どういうわけかその二人の他人とも家族になるからだ。そういうわけでおまえの両親は当然のことながら俺にそれとして接してくる。俺は完全なる赤の他人にそれらしく振る舞わなければならない。なにかを訊かれれば当たり前のように答えなければならないし、なにかを求められればすべからく応えなければならない」
そこまで滔々と続けると、最後にゆっくりとして付け加える。優美な笑みを伴いながら。
「その負担が通常の二分の一になるっていうのなら、これ以上にないことだろ?」
私は頷く代わりに唇をすぼめて頬杖をついてみせた。
「そんなに馴れ馴れしくするのが嫌なら、そういう人間ですってことでつれない態度を押し通しちゃえばいいじゃない。そうしたら相手だって諦めて、あなたの望む対応をしてくれるでしょう?」
「それだと、おまえがとんだ常識外れな奴を選んでしまったってことになる」
ぽつりとこぼれた、ねじ曲がっているにしても彼なりのあたたかな配慮に対し、私は静かな微笑みを向ける。
彼がそういう男だというのは、私としても重々承知している。
そして――
「あなたのそういうところが、私はとても気に入っているの」
結婚というのは、愛し合うふたりだけの間でのみ成立するものではない。ふたりが結びつけば、当然のことながらふたりを取り巻く親類もまた、結びつくのだ。
それに気がついたのは――
最近のことだ。
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