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「いいか、大久保君は優秀だ、それに研究の成果もあがっていて、研究員の指導についても評価もされている。障害があるとすれば歳が若すぎるということくらいだ」
城山は湯?を置いて、美由紀の眸を見た。
「分かりました、もうこれ以上言いませんわ」
彼女は父親の話に手ごたえを覚えた。
帰り道、地下鉄に揺られながら、彼女は学部長夫人という肩書きに思いを馳せた。
彼女が夕食の支度をしていると、大久保が散歩から帰ってきた。
「おかえりなさい」
「どこへ行ってたんだ」
「お父さんのところよ」
彼は嫌な予感がした。
「なにしに行ったんだ」
「べつに用はなかったんだけど」
「なんの話をしたんだい」
「そうそう、学部長交代の話がでたわ」
やはりそうか、と彼は思った。
「ちょっと出てくる」
息苦しさを覚えた彼は家をでた。
遥か彼方の山の端に沈む夕陽が空を深紅に染めあげ、心の奥まで照らされているように感じた。涼やかな風を頬に受けながら、彼は祇園への道をたどった。街が薄闇に浮かぶころ行きつけの割烹に入った。
「いらっしゃいませ」
「よう」
週末の店は客もなく閑散としていた。
「めずらしいですね、今日はお一人」
馴染の主人が愛想よく声をかけてきた。
大久保はいつも研究員を引連れて来ていた。圭彦も幾度か連れて来たことがあった。
「たまにはひとりで呑みたいときもあるんだよ」
「はいはい、そうですか、ビールですか」
「うん、そうしよう」
彼はグラスの生ビールを半分ほど一気に呑んだ。
「おー、いい呑みっぷりだ」
主人はおどけた様子で言った。
「今夜は呑みたい気分でね」
「それじゃ、どんどんいきましょう」
「今日のお奨めはなんだい」
「いいかんぱちが入ったから刺身がいいかな」
「うん、それにしよう」
「グラスが空いてるよ」
「それじゃ、冷酒にするか」
「なにがいい」
「獺祭にするか」
「ほー、酒の味の判るおじさんだ」
枡一杯に注がれた冷酒がカウンター越しに出された。
肴もそこそこに、彼は枡を重ねた。
「今日はすごい勢いだな、大丈夫か」
「大学ってとこわね、いろいろあるんだよ」
「さもありなん、俺は途中退場してよかった」
主人はかつて大久保と同じ医学部に通っていた。二年生のとき実習の解剖ができず、自分が医者に向いてないことを悟り退学した。
「お前は先見の明があったな、羨ましいよ」
大久保は独り言のように言った。
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