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「じゃあ、明日ヒロシと行ってくるね」
「うん」
私の笑みに偽りがないかを数秒間観察してから、リョウは穏やかな表情を浮かべた。
「お母さん、おやすみなさい」
「おやすみ」
久しぶりに手を振ってから、リョウは自分の部屋へ歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら、ふと思った。
ゲンタもきっと、家族に「おやすみ」の挨拶をしただろう。
けれど翌朝から、彼は不登校になった。
その日、ゲンタはどんな風に「おやすみ」と言ったのか。
その声音は、小さかっただろうか。
不安が混じった声だっただろうか。
ゲンタの家族は、何かを感じ取っただろうか。
子どもの気持ちを、親はどこまで気づいてあげられるのだろう。
「おやすみ!」
私はもう一度、リョウに声をかけた。
リョウは振り返って私を見た。
「おやすみなさい」
普段と同じ声だと、確信はできなかった。
それだけ私は、いつも何気なく聞いていたのだ。
でも、不安を抱えた声ではないと思った。
どうかゲンタも、明日を、学校を、友達に会えることを楽しみにして、「おやすみなさい」と言える日が来ますように。
子どもたちの幸せを願いながら、私はリョウの部屋のドアが閉まるのを、ずっと見つめていた。
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