十四

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『批判を受けるのは重々わかっているよ。特に、この邸のようにひとが住んでいる文化財を直すのは、理解できないのもわかる』 『なら、なんで』  総司はかんしゃくを起こしたような声音でわけを聞いた。遊佐は口を挟むことなく、静かに彼らのやりとりを見ていた。 『きっかけはお役所が声をかけてきたからだ。けど、僕もこの町に住む被災者だから、かな。大学もこちらで通ったし、神戸に愛着もある。この地区が震災前のようすを取り戻すには、異人館がもとどおりになっているべきだと思う』 『異人館なんか、あとまわしでええやろ!』  総司の叫びに、ナガオは一片の笑いも見せなかった。なだめすかすような、道理を知らない子どもを見るような、嫌な笑いなんか、浮かべもしなかった。ただただ真面目に、己の考えを述べたてていく。 『古くから町にあるものは、知らぬ間に周囲に住まうひとのこころの支えになっているものだよ。異人館がまっさきにもとの姿に戻れば、建物を目にしたひとたちも、ヤケにならなくて済む。自分の生活がいずれもとのようになると、希望が持てると思わないかい?』  問いかけに、総司は答えなかった。目の前にある異人館は、まだ修復途中でもとの姿とはほど遠い。実感など、わきようもなかった。  ナガオは、総司が納得しないことに、諦めに似た顔をした。わかってもらえないことなど、彼はたぶん、口にするまでもなくわかっている。それでも、彼は小学生をあくまで大人と同等と扱っている。真摯に応えようとしている。信用に値する。遊佐はじっと彼を見上げた。  ことばもわからぬまま、隣に所在なげにたたずんでいた技師を示して、ナガオは遊佐と総司に紹介してみせた。 『彼は、英国領事館の紹介で来た左官職人だ。この邸の天井蛇腹(コーニス)が落ちて壊れてしまってね。直しにきてもらっているんだ』  コーニスとは、内装の壁と天井のあいだにある装飾を言うらしい。どんなものだか、うまく想像できないと遊佐が言うと、技師はナガオに許可をとり、奥へむかった。そうして、厳重に包装された何かを手に戻ってくる。  包みを開いて出てきたのは、大人の手にようようおさまる程度の大きさの白いバラだった。石膏か何かでできているように見える。 『地震で落ちて割れてしまったものが多くてね。無事だったものの原寸を測って、英国で型を起こして作ってもらった』
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