十四

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『君は、自分の家があまり好きではないんだね。仏さんのことも、それほど生活に必要なものだとは思っていない。……そうだね?』  ぎくりとした。息がとまりそうになった。何も言えずに手のなかの汗を握りこむ。ナガオはそんな遊佐のようすを見て、微笑んだ。 『そういうスタンスは、何も悪いことではないさ。建築物は、専門家にとっては貴重な資料だ。図面や紙に書かれた文字だけではわからない生活のありよう、建てられた時代の文化や技術がどうであったのかを目に見えるかたちで伝えてくれる。建築物は、決して壊れたままにしてはならない。修復にあたっても、資料としての価値を損なわないためには、もとの素材や技法をなるべく活かすべきだ。  ただ、それは、僕ら建築家の口にする建前であって、住むひとにとっては、自宅の学術的価値なんて、何の意味も持たないこともある。生活の邪魔になれば、どんなに資料価値がある部分でも壊すし、修理や保存に私財をなげうつよりも、同じ金で新しく建てかえることを選ぶ。異人館の所有者にも、修理、保存すべき価値を見いだしていないかたは大勢いたよ。自分は新しい家に住むから、そんなに保存したければ、邸は神戸市が買い取ってくれとおっしゃったかたさえいた』  朗々と歌いあげるように言って、ナガオは腕組みをほどき、肩をすくめた。 『お説ごもっとも。まったくそのとおりだ』 『え?』  遊佐は面食らった。ナガオは笑顔のまま、きわめて辛辣に言い放った。 『神戸市は、家を買い上げるだけの資金も用意しないで、伝統を守るために通りからの見た目だけもとに戻せ、修理費用はそちらで立て替えておけ、審査が通れば外装修理の補助金は出すと言う。震災のあとだから金がない? 関係ない。震災前から、ろくに異人館に価値があると思っちゃいないんだ』  ナガオは小学生には小難しいことばかりを一気に言い切って、ひと呼吸置いた。 『……と、所有者に思われてもおかしくはない。現状、到底、手厚いとは言いがたいね』  さて、寺の話だったか。ナガオはつぶやき、遊佐の視線に少し微笑んだ。 『──どうして』  くちびるから、疑問文がぽろりとこぼれた。  どうして、わかった。どうして、遊佐が家を好きではないと、仏の道に興味がないことをナガオはわかってしまったのだろう。
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