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「……ナガオさんの願いは叶ったんですか、結局のところ」
ひよりの問いかけに、遊佐は肩をすくめた。
「さあな。こころのなかなど、だれにも見えやしない。ただ、異人館の修復は無事に終了したし、C邸はいまも存在する」
遊佐はかすれた声で言い、椅子から立つと冷蔵庫にむかった。ミネラルウォーターのボトルを取りだすと、備え付けのグラスに注ぐ。
「君は?」
聞かれて、水のことかと思い、首を振る。
「要りません」
「……他にはどんなものを見たことがあるのかと聞きたかったんだ」
「あっ、すみません!」
文脈を読み違えて恐縮したひよりから目をそらして、遊佐は壁のほうを向き、グラスの水をあおった。グラスを口元から離すと、通った鼻梁が、ややうつむきがちになる。そうすると、横顔でも、目の下にうっすらとまつげの影が落ちるのがわかる。白い肌は彫像のようで、くちびるは飲んだばかりの水のせいで艶めいた赤をしている。
ひよりは見とれて、こっそりとためいきをついた。
「遊佐さんって、ずるい。そんなにキレイな顔なのに、日本人離れしてるの、嫌なんでしょう? わたしだったら、よろこんじゃう」
ぽつっと言うと、遊佐は面食らった顔で、ほんとうに目を丸くして、こちらをふりむいた。ぽかんとして、ひよりを見つめる。
「こちらの質問にも答えないで、何を言うかと思えば。君はいつから鏡を見ていない? 生まれてこのかた見たことがないのか?」
「なっ、どういう意味ですか! 鏡くらい、今日だって見ましたよ、何度も!」
朝、洗面所で髪を結いあげたときも、試着室でも美容院でも、鏡はひよりの目の前にあった。侮辱される筋合いはない。むくれたひよりに対し、遊佐はグラスを置き、頭痛をこらえるように額に手をあてた。
「追究しないつもりだったが、プライベートなことを聞いてもいいか?」
「はい、構いませんけど」
「では聞くが、君は何が原因で、それほどまでに自信を失った? どうやったら、そこまで徹底的に卑屈になるのか、理解できない」
ひよりはことばにつまった。自信を失ったつもりも、必要以上に卑屈な態度でいるつもりもなかった。答えられずにいるのを見て、遊佐はむかいのベッドに腰かけ、腰を曲げ、ひよりの目を下からのぞきこむようにした。
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