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「補足で質問させてくれ。今日のように大勢と話した最後の記憶は? ディベートやホームルームなどでは積極的に発言していた?」
「わかりません。人前に立つのが苦手で」
スピーチも嫌だったし、大勢の前で話をする役職からも逃げまわっていた。授業中にも挙手などしないし、研究発表などで前に出なければならない日は、休んだことさえあった。
「中学生のときは? もっと前、小学生のときはどうだった?」
なぜそんなことを聞くのだろう。思いながらも、ひよりは懸命に記憶をたどってみた。
「──あれ?」
記憶違いだろうか。おかしい。ひよりは目をさまよわせ、手で口元に触れた。
小学生のひよりは、ひとより積極性のある子どもだった。六年生のときは児童会の副会長をつとめていたし、それ以前は集会係として、マイク片手に毎週の集会の司会進行をよく担当していた。授業中の発言や発表が嫌だと思った覚えもない。
ひよりが言うと、遊佐はうなずいた。
「中学校で何かがあったんだな」
「でも、なんにも思いあたらないんです」
「じきに思いだす。……あの度の低い眼鏡をかけはじめたのは、いつごろからだ?」
遊佐の問いは、またしても予想外の方向から飛んでくる。
「中学一年の、夏休みごろだと」
一年生だけが九月に行くプール学習のときには、外して泳いだのを覚えている。その前は? 五月には体育祭がある。でも、練習や本番に臨む際、危ないからと、眼鏡を外した記憶はない。
「君が通っているのは、小学校や幼稚園から一貫教育をする私立か?」
「なんでわかるんですか?」
「君と常磐綾子は同級生だろう。常磐家の財力で、娘が公立に通うとは考えにくい」
「同じクラスでも、綾子は幼稚園からの内部生で、わたしは中学受験の外部生です」
ひよりが言い添えると、遊佐はいささか鼻白んだようすだった。だが、あくまでも淡々とした声音は崩さずに言う。
「おおよそのところが見えてきたな」
遊佐は組んだ指のあいだに顔を埋め、ひよりの座るベッドの足元を見下ろす。うつむくと、やはり、彫りの深さや長いまつげが目立つ。ひよりが自分の造作に見とれていることに、彼は気がついているだろうか。否、彼の意識は完全に他のところにあるようだった。
視線はカーペットのうえに落とされてはいるものの、遊佐が見ているのは、別のものだ。
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