十三

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 頭に巻かれたスカーフの色で、ひよりは彼女のことを思いだした。さきほど、会場に入って来た際、ひよりたちのことを司祭らに教えてくれた親切な女性である。  女性は飲み物のグラスを持ったままで小首をかしげ、目元のしわを深くした。 「水原司祭さま。わたくしもごいっしょさせていただいてもよろしいでしょうか?」 「ええ、ぜひとも。滝川(たきがわ)さん、こちらのかたは、治五郎氏のお孫さんの綾子さんです。綾子さん、そちらは信徒の滝川さんです」  型どおりの紹介を受け、ひよりは座ったまま、頭を下げる。女性は治五郎の名を聞いて、目を大きく見開き、それからさっとひよりの隣へ腰を下ろした。 「滝川安芸子(あきこ)です。お祖父さまには、たいへんお世話になりましたの。わたくしも子どもたちも、いま、平穏無事に暮らしていられるのは、あなたのお祖父さまのおかげですわ」 「滝川さん。そのお話は、この席では……」  水原司祭がやんわりとした口調ながら、釘を刺す。ひよりは何がなんだかわからないでいたが、安芸子は水原司祭の意図をきちんとくみとったようで、「あら」と口元を手でおさえると、ひよりにむかって小さく頭をさげてよこした。 「ごめんなさいね、配慮がなくて。わたくしったら、つい」 「どうか、お気になさらず。祖父がどのようなことをしたのかは存じませんが、滝川さんにそう言っていただけて、たいそうよろこんでいることでしょう」  無難な切りかえしにも、安芸子は重ねて、ていねいに礼を言うと、ひよりの服装に目をとめた。 「すてきですわねえ。あなたがたが部屋に入ってきたとき、芸能人やモデルさんを招待したのかと思ったくらいですのよ?」  自分たちにはことばが過ぎると思ったが、ひよりは、恐れ入りますと軽く頭を下げるに留めた。 「あら、嘘だと思っておいでなのね。ほんとうにすてきよ」  うふふと笑った安芸子の脇から、男性が首を伸ばすようにして、会話に入って来た。 「なんですか、水原司祭さまばっかり、女性たちとお話されて。僕もまじりたいなぁ」
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