十三

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 遊佐だった。彼は、ひよりがジュースに手を出すと同時に、ワインを取りあげた。そうして、そのまま、ひよりに話しかけていた男性の話題に上手に入りこんでいく。うまいものだと舌を巻きながら、ひよりは会話のあいまにベリージュースで喉を潤した。  近くのテーブルにカラのグラスを置いたところで、背中にそっと手があてられた。 「もう九時だ。帰るぞ」  男性とのやりとりを終えた遊佐が、肩口に顔を寄せ、低くささやく。ひよりはうなずき、司祭にあらためてあいさつすると、招待客らに目礼をして、会場をあとにした。  車に戻るまでの道のりも、足元が暗いことと、慣れないヒールを履いていることを案じてか、遊佐はひよりに手を貸して、半歩先を行く。だが、行きと帰りとでは、ひよりの気分には雲泥の差があった。  行きのふわふわと高揚した気持ちは、遊佐への淡い恋心ゆえだと考えていたが、単なる緊張だったのかもしれない。『色ボケ』と、遊佐にばっさりと切り捨てられて、一瞬は傷ついたものの、いまにして思えば、そのとおりだったように思えてくる。遊佐には好意こそ感じるが、これがほんとうに恋かどうかなんて、ひよりは知らない。  斜めうしろから、端正な横顔を見上げていると、前を向いたまま、遊佐がふいに口を開いた。 「寒いか?」 「えっ、……いいえ」 「やせ我慢はするな。指先が冷えているし、顔も頬だけが赤い」  指摘して、遊佐はそっけないながら、ひよりの体調を心配するそぶりを見せた。自身のジャケットを手早く脱ぐと、ひよりの肩に着せかける。 「夏場ではあるが、軽井沢でその服だけだと、さすがに肌寒かったか。昼の陽気ならまだしも、夜はおそろしく冷えこむ」  ひよりの纏うキャミソールドレスを指して言い、遊佐は口には出さねど、反省したようすを見せる。彼の見立てで着た服だ。風邪でもひかれてはたまらないと思ったかもしれない。いまでこそ周囲の視界は開けているが、じきに霧が立ちこめ、あたりは真っ白に染まるだろう。昼も涼しい土地とはいえ、朝晩との寒暖の差はあるのだ。
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