十三

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 たしかに、言われてみれば、遊佐のジャケットを羽織ると、暑さよりもあたたかさを感じる。肩と腕、それに足もかなりの範囲をむきだしにしたドレスのせいで、気づかないうちに、外気温に多くの熱を奪われていたらしい。その感覚は、車に乗りこむと、さらに強くなった。車内に残る空気はここちよくあたたかかった。  ふぅ……と、ほっとして息をつく。ひと仕事終えた気分だった。あとは、帰って寝るばかりだ。ホームパーティの席で、いくらかはつまんだが、空腹が満たされるほどではない。けれども、今日は食事より、ベッドが恋しかった。  気が緩んだこと、遊佐のジャケットと車内の空気があたたかいこと、動きまわって疲れ果てたこと。いくつもの条件が重なって、車が動きだすと、たちまち眠ってしまいそうになった。ぐらりと船を漕ぎ、ひよりは助手席の窓にしたたかこめかみを打ちつけた。  ──痛(つ)ぅ……。  うめきそうになる。運転している遊佐にも、ゴンと派手な音は聞こえたろうに、言及するようすはない。からかわれるよりも無視されるほうがよほど恥ずかしくて、ひよりは一気に目がさめた。車窓から外を眺めるふりをして、教会の敷地内に目を配る。  そのときだった。  行きには気がつかなかったが、道から少々外れ、木立のなかの奥まったところに、聖母像が建っているのが視界に入った。ライトアップされているわけではないが、敷地内の電灯の薄明かりが届いて、彫像は白く存在を主張している。 「──ッ!」  彫像の見た目に、ひよりは思わずからだをこわばらせた。  聖母は両手を広げ、小首をかしげ、うつむいている。スケールこそ違えど、まるで写し取ったかのように、翡翠館の聖母像のしぐさに似たポーズだった。  教会の敷地内のため、慎重に徐行する車のなかで、ひよりはそちらから視線を離せずに、離れゆく像をじっと目で追った。  ぱっと見た印象では、非常によく似ていると感じたが、しかしながら、両者には一カ所だけ、はっきりと異なる部分があることに気づく。教会の聖母像の足元には、五、六歳とおぼしき子どもの像があった。ローブのようなゆったりとした服を着た子どもが、両腕を水平にかかげている。聖母は自分の腰ほどの身長の子どもの左右の手をそれぞれ支えるように取って、慈愛にあふれた笑みを浮かべ、子どものつむじのあたりを見下ろしている。
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