十三

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「こんな時間から押しかけろって言うんですか? 非常識すぎます! それに、理由はどうするんですか」 「理由なんて、なんだっていいだろう。竹本夫人だって、君がひとりで翡翠館に泊まることについて、防犯上の不安を述べていたのだから、そのあたりが無難じゃないか?」  まるっきり他人事といった口調だった。  ふつふつと、腹の底から怒りといらだちがわいてくる。それが、遊佐に対するものだとはわかっていたが、具体的にどのあたりが自分の気にさわったのか、ひよりはまだつかめずにいた。ただ、イライラと八つ当たりのように言いかえす。 「もういいです。遊佐さんなんかに相談したのが間違いでした。どうせ、本気にしてないんですよね、『色ボケ』の次はなんですか、わたしが『寝惚け』て変な夢でも見たって、そう言いたいんでしょうっ?」  今日はありがとうございました、おやすみなさい! おざなりにまくしたて、ひよりは助手席のドアをたたきつけるように閉めた。翡翠館の玄関の鍵を取りだして、噴水のほうを見ないように玄関ポーチの階段をかけあがる。そうして、扉に鍵を差し入れようとした。  かちかちかち、かち……  硬質な音を立てて、鍵穴が鍵を拒んだ。否、違う。鍵を持つひよりの手が小刻みにふるえているのだ。 「ヤダ、どうして入らないのっ」  つぶやく。うしろからはいっこうに車のエンジン音が聞こえない。見られているのだ。早く館のなかに入らなければ。なかなかうまくいかないことにいらだって、左手に持ち替えてみようとして、うっかりと鍵を取り落としてしまった。 「あっ……」  鍵のゆくえを目で追いきれず、ひよりはあたりを見回した。近くには見当たらない。階段の下まで転げてしまったのだろうか。鍵を探して一段降り、二段降り、としていると、うつむいた視界の端に革靴の足が見えた。  無視していると、遊佐はからだを折り曲げるようにして、ひよりのすぐ足元へと屈みこみ、何かを拾いあげた。手元が前庭の灯りで鈍く光る。鳥の巣頭が鼻先を通り過ぎていく。先に鍵を見つけられてしまった。鍵を返せと、ひよりは無言でてのひらをさしだす。目の前にさしだされた手を一瞥して、遊佐は険しい顔で、何も言わずにひよりの手首をつかみ、ぐっと引き寄せた。 「ひゃ……っ」
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