十三

18/25

163人が本棚に入れています
本棚に追加
/177ページ
 乱暴なくらいの勢いでひっぱられていき、車の助手席に押しこまれる。遊佐は説明もなしに運転席に乗りこむと、ひよりがシートベルトをするのも待たずにエンジンをかけ、アクセルを踏みこんだ。 「あの」  どこに行くのかと問おうとしたひよりを黙らせるように、固い声で遊佐はさえぎる。 「さっさとベルトして黙ってろ」  説明する気はないらしい。こちらから質問することも封じられて、ひよりはひたすら沈黙に耐えた。  遊佐はあるホテルの敷地に車を乗り入れると、ひよりを下ろし、そのまま、建物に入っていった。フロントに声をかけてカードキーを受けとり、その足で、ひよりに声もかけずにエレベータにむかう。ついてこいとも言われていないが、ひよりは遊佐を追って、到着したエレベータに走りこんだ。  エレベータは七階でとまった。部屋の鍵を開けると、やはり遊佐はひよりを招き入れるそぶりもなく自分だけ入室し、ずんずんと奥へ進んでいった。歩きざまジャケットを窓辺の椅子の背へと放り投げ、その椅子とテーブルを挟んだむかいにある椅子へ、どかっと腰を下ろす。  そうして、ようやくひよりを振りかえった。 「お望みどおり、翡翠館に泊まらなくてもよくなったぞ。この部屋でよければ、朝までいっしょにいてやる。さいわい、ツインを使っているからな。宿泊費も俺が負担してやる。これで満足か」  怒ったような低い声で尋ねられ、ひよりは部屋の入り口近くで所在なく立ち尽くした。  ことばのとおり、ここにはベッドがふたつある。その手前のベッドに接するように、スーツケースが立てかけられている。遊佐はこちらだけを使っていたのだろう。部屋はさほど広くない。窓にむかって縦長の長方形で、窓に平行してゆったりとしたベッドが二台。ベッドの足元とテレビとのあいだ、ベッド同士のあいだには、スーツケースを転がして通れるかどうかの通路しか設けられておらず、場にそぐわぬ大きなベッドのせいで、かえって狭苦しい印象を受ける。  部屋を見回しているばかりで、ひよりの返答がないことにさらにいらだったか、遊佐は辛辣だった。 「君は思っていたよりずっとバカだ。女子高校生と二十六歳の男が、たとえベッドはふたつあっても同じ部屋で一晩過ごすだけで、何はなくとも世間はあらぬ想像をする。俺が犯罪者扱いされるのは構わないが、ほんとうに傷つくのは、君の名誉だぞ」
/177ページ

最初のコメントを投稿しよう!

163人が本棚に入れています
本棚に追加