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乱暴なくらいの勢いでひっぱられていき、車の助手席に押しこまれる。遊佐は説明もなしに運転席に乗りこむと、ひよりがシートベルトをするのも待たずにエンジンをかけ、アクセルを踏みこんだ。
「あの」
どこに行くのかと問おうとしたひよりを黙らせるように、固い声で遊佐はさえぎる。
「さっさとベルトして黙ってろ」
説明する気はないらしい。こちらから質問することも封じられて、ひよりはひたすら沈黙に耐えた。
遊佐はあるホテルの敷地に車を乗り入れると、ひよりを下ろし、そのまま、建物に入っていった。フロントに声をかけてカードキーを受けとり、その足で、ひよりに声もかけずにエレベータにむかう。ついてこいとも言われていないが、ひよりは遊佐を追って、到着したエレベータに走りこんだ。
エレベータは七階でとまった。部屋の鍵を開けると、やはり遊佐はひよりを招き入れるそぶりもなく自分だけ入室し、ずんずんと奥へ進んでいった。歩きざまジャケットを窓辺の椅子の背へと放り投げ、その椅子とテーブルを挟んだむかいにある椅子へ、どかっと腰を下ろす。
そうして、ようやくひよりを振りかえった。
「お望みどおり、翡翠館に泊まらなくてもよくなったぞ。この部屋でよければ、朝までいっしょにいてやる。さいわい、ツインを使っているからな。宿泊費も俺が負担してやる。これで満足か」
怒ったような低い声で尋ねられ、ひよりは部屋の入り口近くで所在なく立ち尽くした。
ことばのとおり、ここにはベッドがふたつある。その手前のベッドに接するように、スーツケースが立てかけられている。遊佐はこちらだけを使っていたのだろう。部屋はさほど広くない。窓にむかって縦長の長方形で、窓に平行してゆったりとしたベッドが二台。ベッドの足元とテレビとのあいだ、ベッド同士のあいだには、スーツケースを転がして通れるかどうかの通路しか設けられておらず、場にそぐわぬ大きなベッドのせいで、かえって狭苦しい印象を受ける。
部屋を見回しているばかりで、ひよりの返答がないことにさらにいらだったか、遊佐は辛辣だった。
「君は思っていたよりずっとバカだ。女子高校生と二十六歳の男が、たとえベッドはふたつあっても同じ部屋で一晩過ごすだけで、何はなくとも世間はあらぬ想像をする。俺が犯罪者扱いされるのは構わないが、ほんとうに傷つくのは、君の名誉だぞ」
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