十三

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 部屋の灯りを落とすには、ベッドサイドのスイッチをいじる必要がある。ひよりはそこに手を伸ばすこともできずに、ベッドのなかで丸まった。部屋じゅうを舐めるように沈黙が支配する。背後からは寝息ひとつ響いてこない。互いに息をひそめるようにした遊佐とひよりのあいだを、時間だけがもどかしいくらいの速度ですり抜けていく。  いったい、どれだけの時間、そうしていたのだろう。眠ることができれば、気持ちはいくらか楽だったのだと思う。眠れないひよりは、耐えきれなくなって、うしろにいる遊佐に声をかけた。 「遊佐さん」 「……何だ」  遊佐のほうはまどろんでいたのか、返答が遅れた。少しだけ粘ついた声だった。ひよりは呼びかけの先を用意していなかったが、とっさに思いついたのは、やはりあの聖母像のことだった。 「どうして、水原司祭に聖母像のことをうかがったんですか」  藪から棒な問いに、しかし、遊佐はよどみなく答えてよこす。 「翡翠館には、おそらく隠し部屋がある。外周と、部屋の内周の数値を合算したものを比較すると、不可解な点がある。二階はごく一般的な構造で疑問を挟む余地がないが、一階の礼拝堂付近の壁の厚みには、測定するまでもなく違和感を覚える。具体的な計測値は失念したが、見たければ、そこのスーツケースに一日目の実測野帳が入っているから、あとで見せてやる」 「隠し部屋」  おうむがえしにしたひよりに、遊佐は面倒がるようすもなく説明を施した。 「隠し部屋という表現だと、ことばに多少のニュアンスがあるな。たとえば、移築前には必要な部屋だったが、日本の風土や文化では不要なので埋めてしまった部屋の可能性もある。立地条件に関わることもあるだろう。移築前は地下室があったとして、もしこの場所の地盤が地下室を作るのに不向きであれば、階段のあったスペースごとふさいでしまうというのは、まったくないことではない」  そうか、と納得しかけたが、どこか釈然としない。ひよりは原因を突き止めようと、遊佐のことばを反芻した。  ──隠し部屋、外周と内周の比較、礼拝堂の壁の厚み、地下室。  二度ほどキーワードをくりかえし、ひよりはあることに気がついた。  ──遊佐さんの答えって、わたしの質問にはぜんぜん答えてないんだ。
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