十三

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 ひよりは『聖母像』について尋ねかけたが、遊佐は『礼拝堂』について答えている。質問と回答とが、まるで噛みあっていない。  ──遊佐さん、何か隠してるの?  はぐらかされている。きっと遊佐は、『聖母像』についても、ひよりが知りたいことを何か知っているに違いない。だが、それをひよりには聞かせまいとしているのだ。  それは、なぜだろうか。むしろ、理由をこそ知りたくなって、ひよりは愚直なまでの素直さで、遊佐に疑問を投げかけていた。 「いまのお話では、礼拝堂の近くに隠し部屋があるかもしれないと言う説が披露されたに過ぎません。けれども、わたしが聞きたかったのは、聖母像についてです。……遊佐さんは、いったい何を隠してるんですか?」 「────。」  遊佐は、めずらしく口ごもったようすだった。寝入ってしまったかと疑うような長い空白の時間を挟んで、彼は衝撃的なことを口にした。 「あの聖母像には、女の姿が重なって見える。俺と同年代だな、二十代半ばから後半くらいの女だ」  この告白には、さしものひよりもことばを失った。 「──ゆ、遊佐さん、それって、幽霊ってことですか?」 「さあ」  そっけなく答えて、遊佐は続ける。 「俺は、幽霊がどんなものかは知らないし、自分がこの目で見たものをだれかと共有して、『幽霊』だと確かめたこともない。だが、俺にはあの像に、女が見える。同じ女が、昨日の昼間、礼拝堂で君にまとわりついていたのも知っている」 「えええぇぇ!」  思わず大きな声を出し、ひよりは跳ね起きた。遊佐のほうを振りかえって、せいいっぱいの抗議をする。 「どうしてすぐに教えてくれなかったんですか!」 「会って数時間の人間にとつぜん、君にまとわりつく女がどうのと話しても、気味悪がられるのが関の山だ」  正論である。遊佐は悪びれるようすもない。 「それに、忠告はしたつもりだ。『今晩、気をつけろ』と」 「それだけっ? そんなんで意味がわかるひとなんていませんよ!」  悲鳴に似た甲高い声でなじって、涙目になったひよりに対し、遊佐はやはり淡々としていた。いささか眠たそうな気配すらあった。
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