十三

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 ひよりはそれを聞いて、ベッドのうえにあらためて身を起こし、遊佐に問いかけた。 「いつも、見えるんですか? 怖かったり、しないんですか?」  どちらの答えも、すでに示されていると知りながら口にすると、遊佐は少し考えるようにしてから、ぽつりぽつりと話しはじめた。 「子どものころにはこうしたものを見た記憶がない。生きたひととは違うというのを、わかっていなかっただけなのかもしれない。初めて、それと認識して見たのは、兵庫県南部地震、俗に言う阪神淡路大震災のあとだった」  遊佐は言って、死者との初めての邂逅について、ゆっくりと語りはじめた。 「神戸に北野という土地がある。そこに、異人館と呼ばれる洋館が建ちならぶ通りがあって、文化庁によって、伝統的建築物群保存地区に指定されている。M邸は、その地区の東端にある異人館だ。震災後の秋に用があって神戸へ行ったとき、M邸は修復作業の最中だったんだが、邸宅の二階の窓辺に、少女がひとりたたずんでいた」 「M邸の子だったんじゃないんですか?」  壊れた邸の窓辺に女の子がいる図を思い浮かべ、ぞっとする。その邸で死んだ子がいたのだろうか。いや、死亡者があったのに、邸宅を修復する気になるだろうか。きっと、それは遊佐の見間違いで、生者だったのではないか。つい、怖くなって水を差したひよりに、遊佐はかぶりを振った。 「その家の住人は全員無事だったが、よそへ避難していて不在だったんだ。侵入者の可能性も薄い。なぜなら、その少女のからだは半透明だったからだ。折れた梁や、壊れかけた内壁の漆喰のようすが、肩のむこうに透けて見えていた」 「…………」  否定したくても何も言えなくなって、ひよりは黙って続きを待った。遊佐は、淡々と自分の見た状況を述べたてていく。 「少女は二階の窓から、俺のことをまっすぐに見つめていた。窓は彼女のウェストより少し高いくらいで、窓枠に自然に左手を置いていた。右手は招き猫のような動きで、おいでおいでと、手招きをしていた。十代後半、ちょうどいまの君と同年代くらいだな。肩までのストレートヘアで、丸襟の白いブラウスを着ているのはわかった。にこにこしながら呼ばれたものだから、俺は素直にその家にむかおうとしたんだ」
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