十三

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「もちろん、そちらも気になってはいたんですけど、最終的に、遊佐さんは『建築』に関わる職業に就いているくらいだから、よっぽど印象的なできごとだったんですよね? いったい何があったのか、聞いてみたいんです」 「聞いてどうする」 「参考にするんです」  進路選択の参考に、とでも意図を取られそうな文脈だったが、ひよりの口にしたことばはそうした意味合いではなかった。遊佐のことを知る手がかりにする──そう言ったほうが正しい。  遊佐がそのニュアンスをかぎとったかどうかはわからない。ひよりはどきどきしはじめた胸を、ナイトガウンのうえから、そっとおさえた。遊佐のことを知りたい。そうすれば、きっと、彼が見ているものの一端が見える。ささいな態度によって、優しいだの冷たいだのと一喜一憂し、ふりまわされることがなくなる。  そこまで考えてから、ひよりは、あれ? と首をかしげたくなった。  ──ふりまわされるのが、そんなに嫌? そもそも、どうしてふりまわされてしまうのかしら。気にしなければいいだけじゃない。  明日には翡翠館の計測作業も終わるし、ひよりの旅行も終わる。お互い、もう二度と会わなくなる者同士だろうに、相手を深く知る必要がどこにあるだろうか。  自問自答する。遊佐も言ったではないか、『聞いてどうする』と。彼も、三日こっきりで縁の切れるひよりが、なぜ遊佐が建築に興味を持った経緯を知りたがるのか、合理的な理解ができなかったのだ。  参考にすると言ったきり、黙りこくっていたひよりを、待っていると思ったのだろう。遊佐は目だけを動かしてこちらを見遣ると、眠気をさますように首を軽くぐるりとまわして、諦めたようにためいきをついた。 「──神戸の件だけでなく、前置きがあって長くなるが」  ひよりは跳ねるように顔をあげ、遊佐と目を合わせた。 「構いませんっ!」  弾んだ声音にややたじろぎながらも、遊佐は指を組み、膝元へ置くと、頭のなかを整理するように目を伏せた。  彼の話は、とても厳かにはじまった。
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