十四

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 先日、知人がついに首を縦にふり、寺へやってくることになった。父は手伝いも兼ねて、神戸まで迎えに出向くことにしたのである。  一家には、『たまたま』遊佐と同年代の長子があるらしい。それを聞いて、父の腹はわかった。今回の旅行で、前もってその子と友だちになれたらいいと考えているのだ。  遊佐は、そうしたまわりくどい父の気遣いが嫌でたまらなかった。往路の時点で、遊佐の機嫌は最悪まで落ちこんでいた。実際会ってみれば、知人の長子──総司(そうじ)は、思いのほか『気のいいやつ』だった。そこは同い年だけあって、話題も合う。うちとけるのに、長い時間は要らなかった。  父の知り合いは、もとは北野の分譲マンション住まいだった。高層階の一室のオーナーが賃貸に出していた物件に住んでいたのだ。マンションの建てかえが決まり、月末には部屋を空けるようにと通告されたため、遊佐の家へと避難する覚悟が決まったらしい。  引っ越し業者に任せるつもりだったが、大切な資料を数点、肌身離さず持っていきたいと言う彼に、父は笑いながらもつきあった。 『学者から本を取りあげたら、なんにも残らないからな』  そう言って、段ボールの山から目当ての資料を探しだす手伝いを申し出た。割を食ったのは、双方の家族だ。妻は諦観し、乳飲み子を抱えて部屋の隅へ座したが、遊佐と総司は違った。しばらくすると暇をもてあましてしまい、不満が出てきた。連れだって、父親たちの用が済むまで、マンションの周辺をぶらつくことにした。  総司が言うには、北野は異人館で有名な土地だった。 『大昔に外人さんが住んでたウチのことやで。いまもずっと住んでるウチもあるねんけど』  総司の言う大昔がいつごろのことかはわからないが、通りには古い建物が多く見受けられた。しかし、それ以上に空き地が目立った。新しく家を建てる余裕はないのだろう。平和な空気が漂うものの、空き地を目にするたびに、震災の爪痕を感じずにはいられなかった。  総司はいくつかの異人館の前を通り、公園がわりの神社まで遊佐を案内した。境内でしばらく遊び、その帰り道のことだ。  道に接したひとつの異人館で、工事が行われていることに気がついた。木造で、白い壁に赤煉瓦の煙突が印象的な建物だ。二階建てで、窓の桟などは濃緑に縁取られている。
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