十四

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 よくよく見てみれば、煙突が倒れ、壁が剥落している。煙突は複数あったようだが、残っているのは一本きりで、一本は倒れたか、根元から存在せず、瓦屋根が剥がれ、壁まで損傷していた。屋根には青いビニールシートで覆いがかけられており、どうやら、位置から推測するに、もう一本煙突があったようだった。その煙突が、屋根を破ったのだろう。  周囲にも足場が組まれている家は多々あるが、このように古めかしい洋館でも、日本家屋やマンションなどと同じように修理や改築が施されるものなのだろうか。  ものめずらしさに遊佐が声をあげ、総司も立ちどまった。ふたりで敷地の塀にかぶりつくようにして、ぽかんと口を開いて、頭上を行き来するひとびとを眺める。  さきほどは、特に作業をしているようすはなかった。ちょうど昼時だったからだろう。 『ここ、C邸て言うんやで』  総司が耳打つ。Cはおそらく家主の名だが、耳慣れない音だった。いったいどこの国の名なのだろう。  壁にむかっている作業員の多くは日本人だ。書類を片手に、打ち合わせをしているらしく、話し声はここまで聞こえてくる。邸の玄関口にも数人、ひとがたたずんでいる。そのなかに、異人館の外観に似つかわしい風貌の外国人がいることに、遊佐は目をとめた。 『総司、外人さんがいる』  ささやいて、遊佐はその人物をじっと見つめた。茶色がかった金髪に、赤みを少し帯びた白い肌。背は周囲の日本人と比べて、頭ひとつぶん抜けている。彼がC氏かと思ったが、服装を見て、すぐに考えをあらためた。白いコットンシャツにカーキ色の丈夫そうなつりズボン姿だ。動きやすそうな格好から見るに、彼も作業をするのだろう。  遊佐のことばに反応して、総司は遊佐の視線の先にいる彼を見つけだし、ぴゅううっと口笛を吹くフリをして、口で音を出した。 『ホンマや。あのひとら何しとるんやろ?』  邸を修理しに来たに決まっている。それでも、まだ震災復興どころか日常の生活すらもままならない神戸の町なかで異人館の修理が行われている光景は、異質なものに思えた。  違和感を覚えたのは、遊佐だけではなかったらしい。総司も、これから遊佐とともに東北へ避難する身だ。自分の家がもとどおりになるより先に、こんな古びた建物に大勢の手がかけられているのが、理解できない。そんなふんいきが隣にいて、ひしひしと感じられた。
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