十四

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 総司は固い表情のまま、じっとC邸のようすを見遣っていたが、おもむろに口を開くや、大声で怒鳴った。 『異人館やから、わざわざ外人の大工さんを呼んだんですか?』  少し、トゲのある言いかただった。俺のウチはダメになった、俺は神戸を離れなきゃならないのに、なんでここのウチは外国から大工が来て直してくれるんだろう、ウチはなんで先に直してもらえないんだろう。そうした言外のメッセージは、はたして相手には届いていたのだろうか。  物怖じしない総司の問いかけを、しかし、多くの大人は無視し、あるいは、うるさそうに見遣るばかりで、応じてくれる者はなかった。──彼以外は。  総司の声に振りかえったのは、さきほどから視界にいたあの外国人の技師だった。何を言われたのかわからなかったのだろうか。ひとなつっこい笑顔で片手をあげ、あいさつをすると、技師は打ち合わせの輪を抜けて、大股にこちらへやってきた。近づいてくると、ずいぶんと背が高かった。首が痛くなるほど見上げたふたりに、技師はぺらぺらっと外国語で身振りをまじえて話しかけてきた。特に、遊佐にむかって話しているつもりらしい。だが、こちらの返答がないことで、ふたりが自分の国のことばの通じない相手だと、やっとわかったらしかった。困った顔で後頭部をかくと、技師は半身をひねり、さきほどまで打ち合わせをしていた日本人青年に声をかけた。 『ナガオ!』  呼びかけられた青年は、輪のなかで怪訝な顔をすると、周囲と小声でやりとりし、遊佐たちのもとへ駆けつけた。 『どうした?』  まず飛びだしたのは日本語だったが、遊佐たちがうまく説明できずにいると、ナガオは技師に直接、外国語で問いただした。そうして、だいたいの状況を把握したらしい。遊佐を見て、ナガオは決まり悪そうに言った。 『悪いね、君がこのあたりに住む子だと思って、英語で話しかけてしまったらしい』 『はぁ、そうですか』  そのことばの示す意味がわからずに、あいまいに答えた遊佐をそのままに、今度は総司にむきなおり、ナガオは表情をあらためた。 『ここが異人館だから外国の大工を呼んだのか。……さっき、君はそう言ったね?』  総司がうなずくと、ナガオはそのことを技師に通訳した。技師は何も言わない。だが、ほんの少し、表情が曇ったように見えた。ナガオは腕組みし、片手でぽりぽりとこめかみをかくと、背後のC邸をあおぎ見た。
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