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他人は僕の容姿をうらやむ。 僕の出自をうらやむ。 歌の才をうらやむ。 帝のおぼえめでたきこともうらやむ。 しかしながら僕は僕自身の汚らわしさを厭うていた。 欲望のままに僕を愚弄するもう一人の僕。 心にもない甘い言葉を紡いで女房や姫君を口説き、身も心も根こそぎ喰らい尽くして屍のようにしてしまう。 そのあいだ、僕は閉じこめられて震えながら僕の所業を見ていることしか出来ぬのだ。 快楽は彼の僕だけのもので、その後の苦しみは此の僕が一身に背負う。 風流びととうらやむ声と、まことの恋を知らぬ男よと憐れむ声が、つむじ風のように僕を巻き込んで高みに押し上げ急降下して地べたに叩きつけんとする。 僕の中の僕が本当の僕なのか、僕を閉じこめる僕が僕なのかわからなくなる。 ああ汚らわしい。 猛威を振るう僕も、震える僕も消えてしまえ。 それでも僕は芳しい香を焚きしめた絹の衣をまとい、優美な仕草で扇を手に微笑む。 綺羅綺羅しい面の皮の下には、我が身の瘴気から生じた毒が満ちているというのに、誰一人そんなことには気付かずうらやむのだ。 ある日、僕は苦しさに耐えかね出家しようと思い立った。 縁の寺に参ろうと急ぐ途中、足を傷めて難儀している姫と出逢うた。 大臣が掌中の珠のように慈しんでいる姫であった。 近いうちに帝のもとへ入内するはずの姫は、それまで喰らい尽くした女性と違い清らかであどけなく、僕は密かに文を送り得意の甘い言葉を紡いだ。 帝などよりこの僕こそ姫に相応しいと、この姫ならまことの恋を捧げてくれると思うた。 されど、心のどこかで僕は拒まれねばならぬとの思いがあった。 それは最初ほんの小さなものであったに、姫からの返歌が届くたび大きく育ちて僕を苛みはじめた。
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