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裕の父は、進学を希望する娘とある約束をした。
「第一志望校に合格できたら、通学では便宜を図ってやる。お前の好きなようにしてやる!」
娘にそう宣言し、娘もこう答えた。
「青山の家に暮らすよ! いい?」
「いいだろう、受かったらな!」
父は人の話をよく聞かない質だ。今回も聞き流していた。
裕の自宅は、都内とはいえ、都心からうーんと離れた地域にある。
23区内、しかも湾岸地域にある大学まで毎日の通学には全く向かない場所だ……と彼女は信じている。
大学に合格したと聞いて、念願叶ったと飛び上がりそうになった。
と同時に、一家は裕をどうやって大学に通わせるについて考えなくてはならなくなり、合格発表当夜、合格の喜びがもたらした興奮が冷めた頃に親子三人は話し合いの場を持った。
まっ先に考えられた先は、元々両親が暮らしていたという尾上の本家だ。
ここは都立霊園の近くにあり、青山の一等地に和風の庭に平屋という、贅沢な造りの一軒家だ。学校からもわりと近い。
裕は当然のように、言った。
「私、青山のおうちにいきまーす」
これは、父の意向であっさり却下された。
「何で!」と何度理由を尋ねても、「だめ」の答え以外返ってこなかった。
「慎一郎に管理を任せてるからな、お前を住まわせるわけにはいかない」
「だって、この間はいいって言ったじゃん」
「言ってない」
「うそ、言った!」
「じゃ、忘れた」
「いつもそうじゃん! もう、ワケ分かんないよ!」
「わかんなくてもいい!」
と、父はワケのわからない一言で、この件を終わらせた。
わかってたけどね。
裕はがっかりしたけど、さほど傷付きはしなかった。
父は、今回に限らず、元々本家に近寄りたがらない人だということがわかっていたから。
叔父さんに会いたくないから、が理由なんだろうけど。どうせ。
でも、「忘れた」と即答されたのは少し傷付いた。
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