3.不信

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コーヒーを注文して、まずは早川先輩の帰郷のことを聞いた。ただの帰省ではないことを。 「会社を辞めてから、暫くは東京で頑張ってたんだけどね」 早川先輩の視線は遠くに移った。その途端、なにか疲れたような顔色にも見えた。 「転職先はどちらだったのですか?確か、一度お会いした時には決まってなかったですよね?」 退職後、人事の書類を室長から郵送するように言われながら、直接手渡ししたのだ。その時、ランチを一緒にとったのが先輩との最後だった。時間もなくて、深い話はできなかった。 「そうね…あの後、百貨店のパートに入って、暫く食いつないでいたわ」 『食いつなぐ』とのワードが嫌にリアルで、胸がシクッとなった。 「1年ほどして、そこのお客様の口利きがあって、正社員として勤めたんだけど…うまく行かなかったの。体を壊したこともあって、この年末にこっちに戻ったわけ」 「そうだったんですか…大変だったんですね」 早川先輩の苦労の影は、その辺りが原因なのかな? 「戻った途端に芽衣子さんから会いたいなんてくるから、タイミング悪かったわね、わざわざ遠くに」 相変わらずのそそっかしさにか、早川先輩はふふっと笑い声を立てた。私も、そう思う。 「それで?本題は?」 早川先輩は、なにか感じていたらしい。それ相応の事があっての、今回の再会なのだと。 「はい。実は、滝沢さんといろいろありまして…私、つい最近になって、早川先輩の退職の理由を初めて知りました。先輩にはお辛いことかもしれませんが、私は、先輩が退職されたきっかけになったことについて、社内に全てを明らかにするつもりでいます」 早川先輩はコーヒーをゆっくり飲んでいた。 「なるほどね…聞いちゃったんだ」 「はい」 早川先輩は、真剣な表情だった。その澄んだ瞳には、迷いも狼狽えも見えない。自分には、一寸の後ろめたさもないのだと語っていた。 「滝沢さんといろいろって?」 「…それ、お聞きになりたいですか?」 早川先輩の質問に、質問で返すと、先輩はぜひと言って、クスクス笑って答えた。きっと、私の打ち明け話には大笑いすることだろう。 私は、ここ最近のうちに起きた一連の話をした。みちるのショーツの件も包み隠さず。
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