4.禍根

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「飯島課長というのは作り話よ。本部長から、新人にはそういう話を吹き込んでおいてくれって言われてたの」 私は大口を開けて驚いたまま固まった。『なによそれ!』 先輩はまだクスクス笑っていた。 「他の人はともかく、芽衣子さんには効き目があると思ってた」 「じゃあ、私は、ただの脅し文句にずっと…」 あぁ、なるほど。そういう事かと合点がいった。やはり本部長の発破か…。 「まぁ、気にしないことね。救いようのない人には使わない手らしいから。芽衣子さんは買われているのよ」 「そうなんですかぁ?」 私はプンと膨れてほとんど食べ終わっている皿の中を突っついていた。先輩は、ずっとクスクス笑っていた。 お店の人がお膳を下げに来た。 「クリームあんみつを二つ、追加してくださいな」 先輩は、「まだ入るわね」と私に断ってから店員告げ、私は頷いた。 「おいしいわよ。ここは私のおごり」 先輩はウィンクしてそう言った。 クリームあんみつを難なく平らげて、お茶で落ち着いていた頃合いに、先輩が唐突に話し出す。 「あの時、なにが悔しいってね。本部長を始め室長も次長も、誰も私を庇ってはくれなかったこと」 「え…」 先輩の表情は穏やかで、今はもう、その悔しさからは解放されたのだなと読み取れた。完全に昔ばなし。過去のことなのだと。 「でも仕方なかったのよ。本部長は常務から叩かれていたらしいし、営業部長との確執もあって、私と伊藤さんの二人を処分することで、事の表面化と長期化を防ぐのに精一杯で」 営業部長との確執なんて初耳だ…私って本当に…。 滝沢さんの一言一句を思い出して、身が縮まる思いがした。彼女の方がよっぽどいろんな事を見ていたんだ。
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