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頭を上げてとの言葉に、私は素直に従った。
「芽衣子さんに久しぶりに会って、私、あの頃の楽しかったことを沢山思い出しているの。こういう事、ここ暫くすっかり忘れていたわ。楽しい思い出って大切すぎてしまい込んじゃうのかしらね」
「私も、先輩がいたあの頃が一番楽しかったです…今も、会社にいてくれてたらって、いつも思っていました」
ありがとうと、先輩の小さな声は寂しげで、でも、私を見つめる目はどこまでも優しかった。
それならば、私に任せてくれたらとは、いかない?もしかして、眠った子を起こすことにでもなるのだろうか。
先輩は暫く考え込んでいるみたいだった。両手で、湯呑み茶碗を弄んでいた。
お茶は、私は飲んでしまった。先輩は少し残っているようだ。
「お茶、お代わりしませんか?」
私は言い、店員がいる場所に手を大きく振った。
お代わりのお茶の入った急須をもらい、私たちは熱いお茶をひと口啜った。
「…芽衣子さん。それなら、条件付きで、私の知っていることを全部話すわ」
「あ、ありがとうございます!でも、条件というのは?」
「本部長を弾劾しないで欲しいの」
「え?でも、本部長はあの時、先輩の無実を信じてくれなかったのですよね?」
先輩は遠くを見るように、私から視線を外した。その先に、アルバイトらしい若い女の子の店員がいた。
「会社を追われてからの先に、少しあったの…本部長と」
「え?」
この言い回しに、私はつい、いやらしい想像をしてしまった。有り得ない。そして、先輩は、時々おかしな言い方をする人だったことを思い出す。
「辞めてから、二週間ぐらいアパートでクサっていたの、私。そしたら、本部長から突然連絡が来て、喫茶店みたいなところで会って…本部長、私に深々と頭を下げたのよ。さっきのあなたみたいに」
「ど、どういうこと、だったんですか?」
私は動揺した。本部長は先輩の無実を知っていたか、その後真実を知ったのか。あの本部長が誰かに頭を下げるなんて…。
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