4.禍根

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上層部としては、社外に出したくない不祥事を早い段階で収めるように、本部長に指示した。 本部長は、早川先輩に罪を着せる気は毛頭なく、伊藤さんへの聞き取りを再度行うつもりでいた。が、当の伊藤さんは、告白文という文書を残し雲隠れし、会社には二度と出てはこなかったのだ。 これは計画されたものだとの確信は、この事があってのこと。後の祭りとなった。 本部長は、自身が激しい叱責を受けたことで、自分だけでなく、部下達への影響を危惧していた。できれば管理職以下の者には、何事もなかったと思ってもらいたかったと。 会社や同僚へ、恨みや不信を抱いて欲しくなかった…。 「本部長はね、その時にこう言ったの。できれば皆が、芽衣子君のように純粋な気持ちで人に接して貰えたらと思うって。それは、その人にとって幸せなことなんじゃないかなって」 本部長は、私のこと、そんなふうに思っていたのか…ふと、私は胸に込み上げる感情の塊に抗えなくなって、涙が滲んだ。 私だって人に悪感情を抱くことぐらいある。普通の人間なのに。 「本部長ったら…私が、そんな純粋な訳ないじゃないですかっ」 早川先輩は、優しく微笑んだ。いつもそう。その笑顔で私を丸め込むのだ。 「芽衣子さんはね。例えば、ミスをしても誰のせいにもしないでしょ?誰かのせいだったとしても、その人を責めたりしないし、芽衣子さんが誰かの愚痴や批判をするのを私たちは見たことがないの」 それは、馬鹿なのが私だけだと知っているからですよ、先輩。 「そんなこと…」 「芽衣子さんは落ち込むと底なし沼に落ちたようになっちゃうけど、私たちからしたら、いい息抜きというか、和ませてもらっていたのよ。今度はどんなことをしたのかな?どうやって切り抜けるのかな?ってね。やり掛けの仕事の手を止めても、私たちは芽衣子さんの動静に釘付けになった」 面白くて…と、早川先輩はしみじみとした笑みで、なんだかいろいろ思い出してもいるようだった。 『面白くって、か』 嫌な気はしないが、褒められた気もしなかった。
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