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あや美の心配は尤もだ。きちんと、と言うには滝沢さんのやり方は褒められたものではないが、いつまで出ていたのか、辞めるならいつ付けなのかはきちんと上司に伝えなければならない。その先の派遣会社への通達を鑑みて。
更に言えば、なぜ辞めるのか、というところはかなり重要だ。
私はここのところの詰めをちゃんと考えていなかったのだ。
コーヒーを飲みながら、考えをまとめていたら、出先から戻ってきた室長から声が飛んできた。
「松浦さん。そう言えば滝沢さん、なんだって?風邪かなんか?」
あぁ、いやぁ…と、言葉を濁していると、周囲で歓談していた同僚たちが注目してきた。
「芽衣子さん、マズいですぅ」
あや美は、囁いて私の腕に縋っていた。マズいのは分かってるって。
『どうやって切り抜けようか…』
私は、後々のことを考えて、本当のことを話すことにした。
話し辛そうな私に、なんかあったのかと、皆が聞いてくる。私は席を離れ、室長の側に立った。
「あの、室長。滝沢さんですが、実は退職したいとのことです。お休みではなくて」
私はあくまで、今日連絡が来たかのようなニュアンスに誤魔化した。
「え?辞めるの?なんで?」
聞き耳を立てていた同僚たちには寝耳に水だったろう。皆、鳩が豆鉄砲食らったような顔になっていた。
滝沢さんは仕事が出来る。気が利く。正社員になる話がまた来てもおかしくないほどの人材なのだ。
「今朝、人事と相談して…滝沢さんとちゃんと話して、辞めない方向で説得はしてみるつもりですが…多分、無理かと」
室長たちは、なんで自分たちに相談してくれないのかとは思わなかったようで、助かった。
「それじゃあ、滝沢さんの代わりを申請しないとなぁ…」
室長は真面目な顔で、胡麻塩のあごひげを撫でていた。これが室長の思考のポーズなのだ。が、答えはほぼ返ってこない。
この件については、多分全部、私が一任されることだろう。
それなら早いところ、滝沢さんと話しておこうと思った。本気で辞めるなら留めはしない。
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