1.厄日

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昨年の春に退職した早川先輩。入社間もない頃、彼女から教えてもらったのは仕事だけでなく、ここでやっていくためのノウハウの様なものだった。 上司の性格や癖、日常の雑務、定番の噂など。トイレのポーチについても、『こうしておけば、トイレに行くかどうか周りに知られなくて済むのよ』とか。 そして、『飯島課長の所へ飛ばされたら最後よ』とも。 この時、早川先輩の優しげな声音が低く恐ろしげに変わったっけ。 飯島課長の部署がどこにあり、どのような業務を行うのか知りはしない。私とは無縁の、都市伝説の如き眉唾なものとしか思えずにいた。 だから、さっき本部長がああ言ったのは、私を諌めようとの親心とも取れる。嫌、そう思いたい。嗚呼、希望的観測。 だけど…早川先輩の言葉が頭の中で何度も何度も木霊していた。 その時、背後に人の気配を感じ、内心慌てたが、振り向くことは無かった。 それが四方堂君と分かると、脳内はほとんどパニック状態となったが、食事に専念しているふうを装って誤魔化した。 お昼休みを10分残して早めに戻ったらしい四方堂君は、あや美の机に寄り掛かりながら、私の顔を覗き込む。 「おまえさぁ、なんかあったのか?さっきみたいの、珍しいじゃん」 よく言う。こんな事、日常茶飯事のような私に向かって。やっぱり四方堂君は優しい…。 遅刻、うっかりミス、落し物、物忘れ…週一ぐらいでなにかしらしでかす私。四方堂君だけでなく、いろんな人が関わる会社だからこそ、大事に至る前にフォローしてもらえていた。私はそれを当たり前だと感じてもいた。お互い様じゃないかと。 でも、よくよく考えてみると、こんなにそそっかしい人間は、私以外、社内のどこにもいはしない。派遣社員の新人だって、私よりはマシだ。 私は派遣に降格されたって文句は言えないようなダメ社員なのだ。
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