5.疑念

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その後、滝沢さんの言葉はなかった。長い間、ご苦労さまでしたと労い、私から電話を切った。 今夜、滝沢さんには辛い夜になったかもしれない。自分のしたことをあれこれ思い返して、早川先輩の気持ちをつらつら想像して。後悔もあるかもしれない。 だけど、私にはここまでしかできない。彼女の背中をほんのちょっと押すことぐらいしか。所詮、私は本部長にはなれないのだ。 願わくは、滝沢さんにはこれまでとは違う生き方で、幸せに暮らして欲しい…。 翌日、朝一で室長には報告した。滝沢さんは一身上の都合で辞めることになったと。人事へは、室長に任せた。 その後は外回りと打ち合わせ。帰社して会議、報告書作成と、正月早々息つく間もなかった。 そんな中、四方堂君から『時間作って』と、なにやら言ってきた。愚痴なら喜んで聞くけど、惚気とか無理なんです、とは言えず、既読無視。 そんなんで、定時後すぐに抜け出て帰るのは無理そうだった。でも、南雲さんにはこちらから申し出たわけだし、キャンセルする訳にはいかない。 また戻ればいいか。『面倒くさっ』とひと言呟いたら、あや美の耳に届いてしまった。 「芽衣子さん、どうしたんですか?なんか手伝いましょうか?」 「あ、いいの。私の手伝っていたら、あや美が定時で上がれないわよ」 あや美にはあや美の仕事がちょうど良く配分されている。 「それより…みちる、見てあげて」 私は視線をみちるに投げて見せた。 「あっ、そうだね」 滝沢さんが突然いなくなって、一番割りを食ったのはみちるかもしれない。滝沢さんは、それを分かっていなかった。 みちるは、いつも仕事を振られる次長からと他の人からも、滝沢さんのことを聞かれて心苦しそうに仕事を受けていた。滝沢さんが来たら頼んでおいて、なんて言ってる人もいる。 室長も、早く皆に言ってくれたらいいのに。 不満はあるが、気の良い上司に文句は張れない。
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