7.援軍

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仲居さんが丁度のタイミングでやって来て、お茶漬けをどうかと聞いた。本部長ではなく私に。 どうしようかと本部長の顔を振り返る。 「食べとくと明日が楽だぞ。それに旨いからぜひ頂きなさい」 打って変わった満面の笑みで勧めてくる。そんなに勧められて断れるものかと、私は頂くことにした。 さっきまでの真剣さはすっかり鞘に収められた。 本部長は、食事中の機嫌を取り戻し、残りの酒をくいっと飲み干していた。 収めると言った以上、私も、今はお茶漬けのことだけを考えようと思った。 「でも、どんな結果になったとしても、後で必ず、事の顛末は教えてくださいね」 本部長の顔を見ず、ひとり言のように呟くのが精一杯だった。 お茶漬けが来た。満腹のお腹にさらさらと入っていった。こんなお茶漬けは初めてだった。出汁がすごくおいしい。 少し大げさに言うと、世の中には素晴らしくおいしい食事を普通に楽しむ人たちがいるのだと、改めて我が身と心の貧しさというものに打ちのめされる思いがした。 私が大満足顔で、おいしかったを連発したことに本部長は満足らしく、普段見ることのないほくほくした表情で頷いていた。 さて、帰ろうかとゆっくり立ち上がろうとした時、あろう事か、私は座敷にゴロッと転がった。 何が起きたかと、本部長は立ち上がりかけて、フリーズしたまま目を見開いていた。 私は、ずっと正座をしたままで、足が痺れきってしまっていた。しかも、無感覚の自覚がなくなるほどに。最初は食事に、そしてその後の話に夢中で、痛さをスルーしてしまったせいだ。 ぶはっと本部長の素の笑いは、豪快で声も大きい。 私はといえば、みっともなく膝とおでこは畳にくっつけて、両手で両足を掴んで悶絶していた。痺れきった足は、そこに血流が戻る時が一番キツい。 ひぃぃ!という私の恥も外聞もない悲鳴と本部長の高笑いが、恐らく個室の外の人たちを無限の想像の世界へと連れていったことだろう…。 数分後、何気ない風を装い、私たちは店を後にするが、含み笑いの店員からはなんとも言えない雰囲気を感じた。
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