1.厄日

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「大丈夫ですか?」 慌てふためいてる私。その人の気遣う言葉も、声音は明らかに笑っていた。 「はい…」 真っ赤になりながら、小さく答え、つま先を地面に付けて立ち、足の裏からインソールを剥がした。 『どうやら厄日らしい今日の仕上げはこれなのね』と、私はもう、半ば諦めの境地だった。 「大丈夫ぅ?」 おばちゃんの声が聞こえる。 「そこに掛けなさいよぅ」 重ねておばちゃんが指さす場所には、古ぼけたスツールがあった。順番待ちのお年寄りのためのものだろう。 私はお礼を言って、低いスツールに腰を下ろした。 パンプスは、濡れたまま履きっぱなしのせいか、中がふやけたらしかった。暖房のせいもあるかもしれない。パンプス自体も古かったし。 「あのぉ。あなた、朝、びしょ濡れでバスに乗ってこられましたよね?」 お弁当を買い終えたその人が声を掛けてきた。『来た』と思った。知らん顔していてくれたら良かったのに。 「はぁ、まぁ…」 私は曖昧に返事をした。 あの時、バス停で待っていた乗客で、最後に乗った学生風の男性。 近くでよく見たら、学生というには落ち着きがあり過ぎる。多分、同年代だ。いや、少し下かな。 若く見えたのは、服装がパーカーにスウェットというカジュアル感満載なせいだったようだ。 「あなたのこと、以前から仕事帰りに見掛けてましたけど、朝会うのは今朝が初めてでした。会社には間に合いました?」 きっとそんな想像がいとも簡単に思いついたのも不思議ではない。遅刻しそうで人目もはばからず慌て捲った奴って。まぁ、その通りだけど。 「重ね重ね、お恥ずかしいところを…まぁ、なんとか…」 相手の顔も見ず一応の返答をした。 私は、剥がれたインソールを元に戻して、パンプスを履くことに夢中だった。 すると、その男性、何を思ったのか私の前にしゃがみ込み、私を真っ直ぐに見つめてくる。その瞳がキラキラしていた。 「あの、なにか?」 私は怪訝に思い、その瞳を見返し尋ねた。本音のところ、もう放っておいてとっとと立ち去って欲しかった。 「あなた、彼氏っています?」 私は思わず、なぜかおばちゃんの方を見た。おばちゃんは、目をパチクリさせていた。
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