1.厄日

20/38
前へ
/310ページ
次へ
何事もなく会社に到着した。オフィスにはまだ2人しか出てきていない。デスクに荷物とコートを置いてから、私は女子トイレに入った。 メークに手を入れたりして時間を稼ぐ。と、エレベーターホールから人の気配が伝わってきた。 私は奥の個室に入り、様子を伺う。 1人2人とポーチを置きに入ってくる人を個室から覗き見ようとしたが、向こうから見とがめられたらと思うとなかなかできず、ただ、個室の中で息を潜めて待っていた。 入ってきた人が出た時に棚を確認するという、無意味な行為…。 結局、始業時刻が迫り、個室を出た。その時、あの若草色のポーチが目に留まった。『あ、来てたんだ』全然分からなかった。 『本当に、誰なんだろう』モヤモヤする思いを抱え、自席につくと、あや美が早速声をかけてくる。 「どこ行ってたんですか?」 荷物が席にあったので、遅刻とは思われなかったようだった。 「うん、ちょっと経理に届け物」 ありそうな用件をでっち上げて答えた。 向いの三つ向こうの席から、四方堂君がこちらを見ていたので、ニッコリ笑って『おはよう』と口だけで言った。もちろん、昨夜の着信のことは無視する所存だ。 室長からの確認事項等があって、今日の一日の業務がスタートした。 なかなか順調な滑り出しではないかと、私はそれだけで笑みが零れそうになった。 『やっぱり、昨日だけの厄日だったんだ』 私にとって、昨日の件は昨日だけで済むことではなかったが、あれ以上の厄災を背負うことがないだけで、気持ちは楽だった。 午前中を至極平和的に過ごすと、あや美に急かされ、フライング気味にランチへと出掛けた。
/310ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加