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9時を回って神田に到着した。うちの幹部たちは全員ハイヤー通勤だと聞いている。贅沢だと思うが、ほぼ毎日、近くまで来て渋滞に泣き、てくてく徒歩でやってくる。
なので今日は予定通り、9時に会議が始まるのだろう。
オフィスに到着したら、すぐにあの小部屋に駆けつけられればいいけど…多分無理だ。でも、なんとか理由をつければ。最悪、仮病でも…。
少し焦って駆け足になっていた。改札を抜け、会社の方へ急いで方向転換した時に、「松浦さん」という声を聞いたような気がして立ち止まる。
「え?」
振り返ったが、混雑でよく分からない。気のせい?と、向き直るが、再び、今度ははっきり私の名を呼ぶみちるの声を聞き分けた。
みちるは、改札前の大きな柱の陰からこちらに手を振っていた。八の字に曲がった眉毛が、今困っていることを物語っていた。
「みちる、どうしたの?こんな所で」
恐らく私より前の電車でここに到着したのだろうけど、どうしたのだろう。
「松浦さん…これ、見てください」
そう言って、みちるはバッグで隠していた、膝丈のスカートの裾から下を指し示した。
「あららぁ…」
黒いストッキングは見事に電線しており、それがなかなか凄まじい。見方によれば芸術的とも言えるかも。
「恥ずかしくって、ここから一歩も動けなかったんです」
混雑した電車で、少しばかり無理をしたのだと想像できた。
まだまだ新人だもんね。私みたいに図太く、電車が空くまで待つなんて発想、無かったんだなぁ。
「替えのストッキングは?」
みちるは首を横に振った。
「そっか。なら、良かったら私の使って」
会社は西口。トイレは反対側の南口の方だ。
私は、今急いでいるからとも言えず、みちるに付き合うことにした。
私のバッグとみちるのバッグでサンドするように脚を隠しながら移動して、なんとか女子トイレに入った。
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