9.収束

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初っ端から本部長が動議を発動するとは考えにくかったが、私はその動議の最初の段階から聞いておきたかったのだ。 後で本部長本人から詳しく説明があると分かってはいたが、なんの色付けも端折りもなく、全てを知りたかったのだ。 「ごめん、ホワイトボードに栄光社って書いといてくれる?」 あや美に言って、オフィスを後にした。勿論、嘘。 栄光社というのは、前に私が忘れ物をして、滝沢さんから嫌がらせを受ける事になってしまった、あの調査会社だ。 上司が不在の今なら深く追及もされないと、咄嗟の嘘が口をついた。 階段ではなくエレベーターを使ったのは、あくまでも外出を装うため。実際は上の7階にフロアーを一つ上がっただけだった。 7階に着いても安心はできなかった。 エレベーターからだと、総務を通過することになる。同期の美波だけでなく、顔見知りは沢山いて、私が総務を素通りするということを見咎められたくなかった。 予めエレベーター内で上着を脱いで、バッグも上着の中に隠した。 総務のフロアーでは、誰かの目に止まらぬように慎重に移動した。 総務部は、全体がざわめいていて、活気を感じる。朝の忙しさは、企画室の比ではなかった。やっぱりこういった事務方は、朝が大変そう。 私はなんとか総務を通過する。次は無人のラウンジと向かいの営業部だ。やはり営業部も賑やかだったが、一瞥もせずに廊下との開放部を通り過ぎた。 周りに人がいないことを確認しながら、音一つ立てずに、備品室の中に滑り込む。 備品室は無人。更に奥の小部屋へと進む頃には、緊張が最大に膨れ上がっていた。 小部屋に入った。電灯はつけられない。そのまま、ドアの隙間あたりに目を凝らした。が、予測していた会議室から洩れる明かりを目にすることは無かった。 『え?なんで…どうして!』 私は掌を這わせて、扉の輪郭をなぞった。やっぱり閉まっている。 なにかのタイミングで閉まる訳はなかった。だって、四方堂君のボールペンを挟んだのだから。 それなら、誰かに見つかったのだろうか。 ドアに耳を当てるも、なにも聞こえはしなかった。
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