9.収束

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本部長は上機嫌ながら、気持ちの底になにかあるような感じがした。 「矢崎部長…は?」 私の遠慮がちな問い掛けに、うん、と返事をしたまま少し黙っていた本部長。なにか、躊躇っていた。 「私の立場で知る必要の無いことなら…」 「いや、そうではないんだ…彼は、矢崎は、恐らく社を去る」 そうなんだ。それはそうだろうと思う。なんの同情も湧かない。 「本部長?もしかして、なにかご心配なことでも?」 本部長が、伏せていた目をバチッと合わせてきた。ヒグマにロックオンされたかと焦った。 「芽衣子君は、同期はどのぐらい会社に残っている?」 急な感じの話題変更。『?』 「えと、四方堂君と総務に2人、営業部には確か3人?四方堂君以外、あんまり交流はありませんが」 それがなにか?『あ、もしかして…』 「矢崎とは同期なのだ…最後まで友人とは言えない間柄だった」 そうだったんだ。でも、そう述懐するということは、少なくとも本部長には、矢崎部長に対する対抗心などなかったのではないかと感じた。 矢崎部長が一方的に?それとも、ただ単に、派閥争いの中で、本人達の意向とは無関係に対立だけが表面化していったのだろうか。 「矢崎は、入社直後からライバル的な存在で、いい意味で喧嘩ができる唯一の同期だったのだ…と私の方はそう思っていたんだがね」 本部長の寂しそうな笑顔が、いつまでも胸に残っていた。 その日の夕方、定時まであと1時間を切った頃。そのニュースは全社を駆け巡った。 即ち、矢崎営業部長の解任だ。 フロアーがざわめく中、我が部署の誰もが一瞬、室長を見た。 朝の会議が長引いたという何気ない出来事に、そんな重大な事実を孕んでいたとは、と。
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